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サーフィンに魅せられて離島へ。
都会では実現出来ない理想の暮らし方。

小早 太さん/デザイナー

はてぶ

鹿児島県の種子島でグラフィックデザインやサーフボードの製造販売を手掛けながら、サーフィンを楽しむ生活を送る小早さん。大阪でデザイナーとして多忙な日々を送っていた小早さんが、島に移住して感じた心地よさとは?お話を伺いました。

美術に打ち込んだ10代

大阪府北区で生まれました。小さい頃は、絵を描くのが好きな、おとなしい子どもでした。漫画を描くのも好きで、キャラクターのイラストを描いて友達に見せたりしていました。将来は、画家になりたいと思っていましたね。

うちは祖父母も大阪なので、周りの友達のように夏休みに田舎にある祖父母の家に行って、自然の中でクワガタを捕まえたり、気軽に海に行ったりすることがありませんでした。夏休みが終わって、田舎での楽しかった思い出を話す友達が羨ましかったですね。

そんな僕も、小学生になった頃から、自治体が主催するキャンプに行かせてもらえるようになって、自然と触れ合うチャンスを得ました。星が綺麗なところや自然に囲まれた田舎で暮らしたいって思うようになりましたね。

中学生卒業後は、美術科の高校に入りました。両親も美術系の仕事をしていたので、理解を示してくれましたね。ただ、進路を決める頃には、変に大人に考えるようになっていて、美術では食べていけないなと思っていました。仕事にするなら、アートではなくてデザイン。そう思い、大学は美大のデザイン科に進みました。

大学に入ってからは遊んでばかりでしたね。飲んだり、友達と遊んだり。あとは必死にアルバイトして年1回は海外旅行をしていました。

卒業後は、大阪のデザイン事務所に就職しました。強い意志があったというよりは、そこに入れたから勤めたっていう感じでした。主に企業の商品カタログや新聞広告のデザインを担当しました。

学生時代は自分の気が済むまで好きなようにデザインしてましたけど、仕事となるとクライアントの意向を汲む必要があります。そういうことは学校では教えてもらっていなかったので、戸惑いましたね。また、忙しくて、寝れない、帰れないのが普通でした。きついと思いながら毎日働いてましたね。

憧れの田舎暮らしをする移住の決断