みんなの知らない魅力に光を当てる。釣りや漁業を通して地方の良さを伝えたい。

釣りアンバサダーとして、釣りや漁師の情報を通して地方の魅力を発信する中川さん。オシャレでキラキラした東京に憧れ上京し、毎日ピンヒールで過ごしていた中川さんが、釣りにハマり、全国の漁場を回るようになった理由とは?お話を伺いました。

中川 めぐみ

なかがわ めぐみ|釣りアンバサダー、「ツッテ」編集長
釣りアンバサダーという肩書きのもと、釣り情報サイト「ツッテ」の運営や、釣りや漁業という切り口で地方の魅力を伝える観光コンテンツを手掛けている。

東京への憧れ


富山県で生まれました。キジの鳴き声で起こされたり、産卵を目撃したりするような田舎でしたね。近所に男の子が多かったことから、よく外で段ボールの秘密基地を作って遊んでいました。

小学生になると、ある女性歌手に憧れるようになったんです。彼女のように可愛く、派手な服を着たいと思いましたが、富山にはそんな服は売っていません。オシャレなものがたくさんある東京に憧れ、テレビの情報番組を見ては、いつか上京したいと思うようになりました。

地元の中学を卒業後、県内の進学校へ入学。真面目な生徒が多い中、私はダサい制服が嫌で、スカートを短くして髪を染め、ピアスも開けていました。よく先生に怒られていましたね。東京の高校生はオシャレしているのに、なんで私の通う高校はダメなんだろうとモヤモヤしていました。

勉強は好きではなかったです。特に将来の夢もなく、大学に行きたい気持ちもありませんでした。ただ、東京には行きたかったですね。東京で一人暮らしをしている姉のところに遊びに行く度に、憧れが募りました。

結局、上京を目指し、周りに合わせて大学受験することにしたんです。特に学びたい学科がなかったので、先生に勧められた経済学部を受験。無事に合格し、憧れ続けていた東京での一人暮らしがスタートしました。

離れたからこそ気付いた地方の魅力


初めての東京は、売っている服も可愛いし、お店はオシャレだし、大学で仲良くなった友達と毎日のように街で遊んでいました。とにかく毎日が楽しかったです。

就職活動の時期になってもやりたいことは見つからず、仕事の幅が広そうな営業職に就こうと考えました。内定をもらった複数の会社をOB・OG訪問して、大手製薬会社に決めました。男女平等な社風で、女性である自分でも良い結果を出すことができました。給料もボーナスも良く、福利厚生や待遇が充実していましたね。

しかし、働いていくうちに自分は会社の歯車なんじゃないかと感じるようになってしまいました。会社の様々な知識や経験・データから導きだされた、完璧な資料にストーリー。恵まれた環境のはずなのに、「これは自分でなくてもできる仕事なのでは」と生意気にも思ってしまい、まるで自分の人生が消費されていくように感じてしまったんです。私、大手企業が合わないんでしょうね。

日々の中で「人生これで良いんだっけ」と思う機会が増えていき、入社して1年半経ったある日、ストーンと「もう辞めよう」という気持ちになったんです。次のことは考えないまま退職してしまいました。

大手は合わないと思っていたことから、小さいベンチャー企業を中心に転職活動を行いました。ゲーム事業とEC事業を手掛けているベンチャー企業を見つけ、なんとなく良さそうと思って転職しました。オシャレなビルに入っていたことも決め手の一つでしたね。

入社してからは若い女性向けの通販サイトを担当しました。入社してすぐに先輩が部署異動してしまい、教えてくれる人がいない中で、もう一人の社員と二人で試行錯誤し、一からサイトを作っていきました。

少人数ながら協力して頑張って、売上目標は常に大幅達成することができました。しかし、利益率の高いゲーム事業に絞るという会社の方針で、EC事業から撤退することになったのです。苦労して作り上げてきた事業が無くなることがショックだったのと、ゲーム事業に興味が持てなかったことから、退職することにしました。

仕事の傍らプライベートでは、よく温泉に行って気晴らしをしていました。地方に行く度に、東京より地方の方が面白いんじゃないかと思うようになったんです。富山からテレビを通して見ていた東京は、どんどん新しいお店ができる面白い街でしたが、実際に住んでみると、どこもあまり変わらない気がして。独自性があまりなく、どこに行ってもみんな同じような遊びをしていました。東京の“街”自体が面白いわけじゃないんだなって気付いたんです。

一方、地方は、その土地にしかない場所、その土地でしか食べられないものなど、町ごとに独自性がきちんとある。そこに魅力を感じ、いずれ地方に携わる仕事がしたいと漠然と思うようになりました。

釣りの先にある体験


その後、前職でECサイトをやっていた経験を生かし、新たにEC事業を始めたベンチャー企業に転職しました。前職同様、ゲーム事業が本軸の会社です。ところが、入社してから2カ月でまたもやEC事業がなくなってしまい、交流のあった新規事業チームに異動しました。

課されたお題は「ゲーム以外の新規事業案を出せ」。新規事業を考えるにあたり、会社が手掛けていたゲームの一覧を見て、その中からリアルな世界で事業になりそうなものを選ぼうと思いました。釣りのゲームが爆発的に人気だったので、それを見て軽い気持ちで「釣りの予約サイトとかやったら良いんじゃないですか?」と提案してみたんです。

釣りの業界では、オンラインで予約できるシステムがほとんどありませんでした。企画は意外にも部長まで通り、部長が「じゃあ社長にプレゼンしてみよう」と言ってくれました。ただ、実は私、一回も釣りをやったことがなかったんです。さすがにそれはまずいと思い、市場調査ということで釣りをやってみることにしました。

会社の仲間たち7人で東京湾に釣りに行きました。全員初心者です。やってみると、アジが10匹以上も釣れて、すごく楽しかったんです。

船に乗って沖に出る時、魚が竿にかかった時の高揚感は、普段の生活からはかけ離れた非日常の体験でした。普段自分たちが食べているような魚が東京湾で、しかも自分で釣れることにも驚いたんですよね。釣りが終わってから、自分たちで釣った魚を食べると、美味しさもひとしおでした。

それまで、釣りは道具をしっかり揃えて、知識を身につけなくちゃできない、ハードルが高い趣味だと思っていました。でも実際行ってみたら、道具は全部貸してくれるし、知識がなくても教えてもらえて魚が釣れる。初心者全員が大満足だったんです。

その後、釣りの写真をSNSにアップしたら、女友達からの反響がかなりありました。「めぐみでも釣りできるの?」と。確かに私は、いつも10センチのピンヒールしか履かず、スニーカーすら持っていませんでした。そんな、釣りとは無縁そうな女子でも楽しめるということに興味を持ってくれて、周りで釣り女子が増えていきました。

初めての釣りは成功したのですが、新規事業提案の方は、うまくいきませんでした。社内の体制が変わったこともあって、結局社長に提案もできず、先輩たちもどんどん辞めていきました。

今後どうしようか悩んでいた時に、上司が大手広告代理店でおもしろそうな仕事があるよと紹介してくれました。地方活性化に携われるということで、転職を決めました。

そこでは雑誌を電子化する仕事を担当しました。その中に偶然、釣り雑誌もあったんです。女性モデルとして地方に釣りに行く機会もあり、釣り自体の楽しさだけではなくて、地元の人たちと話す楽しさも感じるようになりました。

印象的だったのは、隠岐のある島に行った時のことです。一般的には、観光客の釣りのための遊漁船は専門の会社が運営していることが多いのですが、その島では漁師さんたちが遊漁船をやっていました。漁師さんに交じって釣りに出かけることができるんです。

釣りが終わった後に、漁師さんが「仲間たちと今からご飯食べるから、お前も来っかー?」と誘ってくれて、みんなで一緒にご飯を食べました。地元のことを色々と聞いている中で、「お姉ちゃん知ってるか?明日からうちはサザエ取り放題なんだぞ」と教えてもらったんです。

その島では1年に1カ月だけ漁業権が無くなる浜があり、期間中は誰でもサザエやアワビを取ってもよいということでした。「行きたい!」と言ったら「じゃあ俺、明日子どもと行くからお前も船に乗ってけ」と、急遽連れて行ってもらえることになったんです。

翌朝、陸から3分ほどの沖まで船で行き、水深2~3メートルのところを一緒に素潜りして、サザエを採りました。そのまま浜で焼いてみんなで食べたら、とっても美味しくて。すごく感動したんです。

もちろんサザエの美味しさもありますが、それ以上に、地元の人たちと仲良くなって、自分の知らない話をたくさん聞き、地元の人しか知らない情報を知り、一緒に時間を過ごすことに価値を感じました。最初から決まっている旅行プランにはない、偶然の出会いから生まれた特別な体験に、心を動かされたんです。

似たような体験は、地方の様々な場所で起きました。どこもそれぞれにおもしろかったです。でも、私が「おもしろいですね」と言うと、みんな口をそろえて「うちは何もない、つまらない」と言うんです。漁師のみなさんが、地元や自分の仕事に対して自信をなくしているように見えました。息子たちに「後を継ぐな」とまで言うんです。こんなに素晴らしい職業なのにその魅力が伝わらないのはすごく悲しいと思いました。

それらの経験を通じて、まだあまりスポットライトの当たっていない、釣りや漁業という切り口で、地方活性化の仕事がしたい!と思うようになったんです。

もっと側で応援したい


広告代理店での仕事は楽しかったですが、大手企業だったので、やっぱりどこかスピード感が自分には合いませんでした。悩んでいた時に、たまたま知り合いから別の会社に誘われたんです。転職支援会社でしたが、新しくできた「地方創生室」という部署で広報をやらないかと言われて転職しました。地方創生室という部署があることと、いつかやってみたいと思っていた広報の仕事に未経験でチャレンジできることに魅力を感じたんです。

仕事を通し、地方で活躍している人たちと話す機会が増えました。しかしあくまで転職支援の会社の広報なので、誰かを応援する人のさらにその後ろで応援しているイメージでした。仕事も会社も楽しかったのですが、次第に「もっと現場に近付きたい」と思うようになったんです。

もっと現地の人たちの側で応援したい。そう思い職場の上司に退職を相談すると、「今すぐ辞めなくてもいい。給料は出せないけど、2カ月休みをあげるから、やりたいことをやってみなよ」と言ってくれました。

そこで、かねてから思っていた、釣りと漁業を切り口にした地域活性化をやろうと決め、まずは女性が手ぶらで行っても楽しめるという観点で、自分の足で全国の漁場を回ってSNSで情報を発信し始めました。

最初は、自分がやりたいと思っていることが世の中のニーズに合っているのか確かめていました。実際にやってみて、活動を応援してくれる人がたくさんいるとわかったんです。何より自分自身が楽しく、地方の魅力を発信したいという気持ちがより強くなりました。

もっときちんとした形で情報発信をしていこうと考え、会社を辞めて、「ツッテ」という情報サイトを立ち上げました。自ら様々な場所に行って釣りをして、釣りを通して感じた地方の魅力を発信するサイトです。

2018年9月には、静岡県熱海市で「ツッテ熱海」という観光コンテンツも始めました。熱海の提携船で釣った魚を魚市場に持っていくと、サイズや種類、人気度などで計測して、現地のお店や温泉などで使えるクーポン券に交換してもらえる取り組みです。現地にとっては観光客誘致となり、観光客には現地の人たちと触れ合う機会になります。これがすごく評判が良く、多くのメディアにも取り上げてもらいました。

隠れた魅力にスポットライトを


現在は、釣りアンバサダーという肩書きで活動をしています。編集長として「ツッテ」を運営するほか、観光コンテンツも手掛けています。いくつかのネットメディアで漁業や港に関する記事も執筆していますね。

今後は、引き続き「ツッテ」を運営するほか、熱海以外でも観光コンテンツをやっていきたいです。ツッテ熱海の焼き回しではなく、地域の独自性が現れるようなオリジナルコンテンツを作りたいですね。

釣り以外にも、漁師を応援する企画として、アイドルの推しメンならぬ“推し漁師”企画を計画中です。漁師の方たちと触れ合う中で、漁師のかっこよさに気がつきました。また、東日本大震災で被災し、ゼロから立ち上がる漁師の方たちを見て、強い想いにグッときたんです。

漁師の方々に言う「かっこいい」とは、見た目だけではなく、中身や姿勢のことです。地域や自然への感謝を忘れず、自分だけの欲に走らないかっこよさ、未来の担い手たちが不安なく就業できる、安定した収益モデルを確立できる稼ぐ力、安心・安全・美味しい魚介を生み出し続けるために思考・行動し続ける革新性。それらを兼ね備えた漁師たちを指しています。

そして漁師を応援するのは、個人ではなく企業を考えています。まるでスポーツ選手みたいに、胸に企業ロゴが入った漁師がいたら面白いと思うんです。

企業側のメリットとしては、CSRのほか、福利厚生として社員が家族連れで釣りができたり、社員食堂においしい魚が届いたり、スマート漁業など新規事業に一緒に取り組むなど、様々な仕組みを考えています。

一方、漁師側は、自己PRになるほか、販路拡大や漁業自体のイメージアップにも繋がります。漁師に限らず、一次産業はまだまだ、きつい、汚い、危険というイメージがあります。そこを少しでも変えていきたいです。担い手不足の解消に繋げていけたらいいですね。

本当は魅力があるのに、みんなが知らない、気付かないままのものが、日本にはまだまだたくさんあるはずです。今後は、釣りや漁業をはじめとして、まだスポットライトが当たっていないものに光をあて、その土地ならではの魅力を発信していきたいです。

2019.06.24

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