私は静岡県藤枝市に生まれ育ちました。地元の小中学校を経て、少し離れた私立の高校に進学すると、世の中的に裏原ブームだったこともあり、ファッションにハマっていきました。元々、中学までは洋服に全く興味がなく、親支給の服を着ていたのですが、高校に入ってからはそれでは通用しなかったんです。友達に「ダサいから服を買いにいこう」と誘われ、買い物に足を運んでからは、一転してどんどんファッションにのめり込んでいきました。毎月何冊も雑誌を買い、古着やNIKEのAIR MAXなどに惹かれていきました。

ファッションに出会ってからは学校が好きになり性格が変わり、自分が変わったような感覚すらありました。正直、小中学校の友達とはあまり馴染めなかったのが、高校からはそんなこともなくなり、自分を変えたファッションやアパレル業界への関心は一層強くなっていきました。

そこで、高校卒業後は東京で服飾の専門学校に行こうと考えたのですが、親から反対を受けてしまったんです。「親族で大学に行かないのはお前だけだぞ」と。具体的な専門学校名まで決めていたので非常に悩みましたが、最終的には、ここまで育ててもらったのだから、と大学進学を決めました。とはいえ、あまり前向きではなかったので指定校の推薦で、理系だから工学部にという調子で、神奈川の私立大学に進学を決めました。

大学生になってからはほとんど大学に行かず、クラブでDJをして服飾の専門に通う友達と遊んで過ごしました。アパレルの友達を作りたいと思い、行ってみたクラブがすごく楽しく、好きな曲がかかっていないと面白くないからと、自分でDJをすることにしたんです。昼間は寝て夜から起き出すような生活で、やはりファッションの方面に進みたいという思いが強くなっていきました。

そして、いよいよ何のために勉強しているのか分からなくなり、大学を辞めようとしたところ、親からは再び止められることに。自分の人生は、許された範囲の中でどう楽しむかという感覚でした。

それでも、アパレルへの思いは諦めきれず、卒業後は裏原のショップで働きたいと親に切り出したんです。まずはブランドに入り、販売の仕組みを学んでどこかで独立をしよう、と。しかし、やはり反対を受け、就職氷河期だということも重なり、一般企業への就職を薦められました。

私自身、言われていることは理解できましたし、大学も私立の一人暮らしでお金をかけていることもあり、親への恩を感じて最終的には出遅れて就職活動をスタートすることに決めました。アパレルに近い業界ということでインテリアに関心を持ち、家具を作りたいという思いから、オフィス家具メーカーに、商品開発系の職種で入社することに決めたんです。