誰よりも観客を楽しませ、盛り上がる試合を。もっと多くの人に私の魅力を知ってほしい。
東京女子プロレスに所属する現役女子プロレスラーでありながら、アイドルや舞台女優としても活躍する伊藤さん。地元福岡でのアイドル活動から一転、東京でプロレスをはじめた背景には何があったのか。お話を伺いました。
伊藤 麻希
いとう まき|東京女子プロレス所属プロレスラー
福岡で生まれ。小さい頃から自分はアイドルや芸能人になるものだと思いながら育った。地元福岡でアイドルデビューを果たした後、両国国技館でのゲスト出演をきっかけにプロレスの楽しさに目覚め、20歳で上京。DDTプロレスリングの女子プロレスラーとして所属することに。観客の心をつかむマイクパフォーマンスなどを武器に、今よりもっと有名になることを目指して活動中。
私は周りとは違うんだ
福岡県で生まれ育ちました。家が貧乏で、小さい頃からずっと、将来は、テレビに出るような有名芸能人になって、稼いだお金で親に家を建ててやるんだと思っていました。
幼稚園では明るい人気者でした。面白いことをして笑いを取るのが得意でした。でも逆に、クラスの男子が何か言ってみんなが笑っていると反対に笑わないような子でもありました。「なんで今のはウケたんだろう、自分だったらこう言うのに」といちいち考えてしまうんです。そんなとき、自分は周りの子とは違うんだなと強く感じていました。
小学校4年生頃から、頻繁に上級生からいじめを受けるようになりました。着ている洋服が気に入らないと難癖をつけられたり、悪口を言われたりしましたが、気にしていませんでしたね。むしろ、自分は可愛いし、面白いことも言えるから嫉妬されていると思っていました。
あまりにいじめが続くので、「もしかして、人と違うオーラが出ているせいでいじめられるんじゃないか」と考えるようになりました。そこで、普通じゃない人たちが集まるといえば芸能界だと思い、私のような普通じゃない人間は芸能人になった方がいいと思うようになったんです。
中学生になると、同級生からもいじめられるようになりました。学校が全く楽しくなくなり、不登校気味に。いじめられるのはさすがに辛かったのですが、学校へ行けないことへの危機感はそれほどありませんでした。芸能人になると思っていたので、家では歌の練習をして過ごしていました。
注目される喜び
中学校3年生のとき、他のクラスに好きな男の子ができました。学校で話しかける勇気はないけど、どうにかして近づきたかったので、その子が行っている塾を調べて通うことにしたんです。彼は頭の良いクラスだったので、猛勉強して私も同じクラスに入り、仲良くなることに成功しました。
ある日、二人で塾から帰っているとき、彼が好きなアイドルについて話してくれたんです。彼は「結婚したい」とまで言っていました。私じゃない子に惹かれていることがすごく悔しくて、彼に好かれるため、私もアイドルになってやろうと決めました。
彼と同じ高校に行くため必死で勉強するうちに、私の方が学力が上がってしまいました。そこで、どうせここまで頑張ったんならと志望校のレベルを上げ、受験することに。ところが、受験した高校に全部落ちてしまいました。
結局、勉強しなくても誰でも入れる私立高校へ進学しました。学力が低く努力しなくても常に良い成績をとることができたので、次第に勉強もしなくなりました。
やることがなく時間を持て余していたので、芸能界に入るなら今しかないなと思いました。そこで、地元のアイドルグループのオーディションに参加したところ、すんなり合格。アイドルとして地元のライブに出演し、CDデビューを果たすことができました。
でも、せっかくアイドルになれたものの、ステージでは全然目立つことができませんでした。歌もダンスも苦手だった私はセンターはおろか、後ろの方で踊っているだけ。お客さんにも全く注目してもらえず、楽しくはなかったですね。
それでも1年ほど活動を続けた高校3年生のとき、私が所属していたアイドルグループがDDTプロレスリングの両国国技館戦に参戦することになりました。そこで初めて、8千人を超える観客の前でステージに立つ経験をしました。
それまでは数百人、大きくても千人規模の会場しか経験していなかったので、すごく興奮しましたね。私を知らないお客さんがほとんどの中、どれだけ自分の魅力で盛り上げることができるのだろうかとワクワクしました。
大勢の観客を前にして、何か会場が湧き上がるようなことをしてみたくなり、DDTの社長のところへ走っていってヘッドバットを一発かましてしまいました。
その瞬間、会場がワーッと大盛り上がりしたんですね。私を知ってる人なんていないはずなのに、伊藤コールが巻き起こったんです。それがもう、うれしくてたまらなかったですね。アイドルとしてステージに立っていたときは、ソロパートですらコールなんて起こらなかったのに。ここならみんな私を見てくれるんだと喜びが込み上げてきました。
試合後、DDTの社長が「お前はプロレスに向いてる」と言ってくれました。アイドルとしては全く目立つことができなかった私を、初めて認めてもらえたような気持ちになりました。
プロレス会場での興奮が忘れられない
試合後は地元へ戻り、アイドル活動を続けました。でも、全然楽しくなかったんです。観客が数百人のステージに立っていても、どうしても両国国技館と比較して小さい世界だと考えてしまうんです。
しばらくは目の前のことをこなすことに集中し、余計なことは考えないようにしてアイドル活動をしていました。でも、やっぱり楽しみを感じられなかったんです。何か楽しいことはないかと考えるうちに、パッと思い浮かんだのが、プロレスでした。3年前に味わった、あの両国国技館での楽しさや喜びがずっと頭に残っていたんです。
すぐに「プロレスラーになりたい」と事務所の社長に相談に行きました。アイドルをやめるのではなく、アイドルとプロレス、両方やる人になりたいと伝えたんです。その方が、普通のプロレスラーとは違うキャラ付けができるし、アイドル出身である異色の経歴がアピールできると考えたからです。すると社長がDDTの高木社長に話しを通してくれ、DDTプロレスリングが運営する東京女子プロレスに入団できることになりました。
入団が決まってすぐ、20歳で上京しました。
誰にどう言われても、マイクは譲らない
東京女子プロレスへの入団が決まり上京したものの、デビューまでは収入源も無く、バイトでなんとか食いつなぐ日々でした。
プロレスの練習ではとにかく怒られました。言われたことが一度でできなくて、やっとできたとしても次の日にはできなくなっていたりするんですよ。
何度も何度も同じことでコーチに怒られ続け、泣きながら練習して精神的に耐えられなくなっていました。逃げたいけど逃げる勇気もなかったので、追い詰められて過呼吸の発作が起きたこともありました。毎日ものすごく辛かったです。
5カ月の練習期間を経て、ついに迎えたプロデビュー戦の日は、今までの人生で一番緊張した一日でした。誰にも助けてもらえない、一人で戦わなければいけない孤独感に押しつぶされそうでした。
結果、対戦相手にボコボコにされて負けました。でも、「せっかくのデビュー戦、これで終わりにしたくない」という思いがあって。試合直後、相手がマイクパフォーマンスをして帰った後、もう一度私がマイクパフォーマンスをしたんです。
試合後のマイクパフォーマンスは、本来は勝者だけに許されるんですよね。なので、後からすごく怒られました。でも、決まりなんか私にとってはどうでもよかったんです。
試合は負けたけど、マイクでなら絶対に負けない自信があった。私の方が相手より面白いことができると思ったからやったんです。それで引き下がっていたら、本当に負けしか残らないから。勝てる自信があることは、誰に何を言われてもやってやろうという気持ちでした。
それからは、試合に勝っても負けても試合後のマイクパフォーマンスをすることにしました。技術的な強さがあるわけではないけれど、私には人に負けないものがあるのを知ってもらいたかったんです。「何も魅力がない、普通の子」になってしまうのが一番嫌でした。
自分らしく、記憶に残る人に
現在も女子プロレスラーとして東京女子プロレスに所属しています。プロレスの傍ら、アイドルや舞台女優としても活動しています。こちらは頻繁にお仕事が入るわけではなく、お話をいただいたときにだけ集中して取り組んでいます。
アイドルとしてステージに立つのも楽しいですが、あくまで私が本気で取り組むべきなのはプロレスだと思っています。
プロレスラーとしての主な活動は、毎週末開催される試合と、平日夜の練習です。昼間の空いている時間は自主練することが多いですね。根本的に運動が苦手なので、せめて体力をつけようと走り込みをしています。
中でも、自分の長所は、今何をすれば会場を沸かせることができるか感覚的に分かるところです。会場にいるお客さんの期待や場の空気を感じて、「自分がアクションをするべき時は今だ」と思ったら動く。そうすると、自分が思い描いたとおり、見てくれている人たちの心を動かすことができるんです。そんな直感的なパフォーマンスを見て、お客さんの中には私のことをカリスマだと言ってくれる人もいます。
そうやって自分の良さをきちんと見てもらえるのはうれしいし、褒められることは何よりやりがいを感じます。今の自分を褒めてもらえたことで、今までやってきたことが報われた気持ちになるんです。
アイドルだけしていた時代は、バックで踊っているメンバーのうちのただの一人で、誰も私に注目していないのを感じていました。歌もダンスも苦手で、正統派アイドルとしての能力が何もなかったので、褒められることも全くなかったんです。
でもプロレスだと、例え試合に勝つための運動能力が足りなくても、パフォーマンス力という自分の魅力をきちんと見てもらえるんです。試合のときに、私がしたことでお客さんが楽しんでいる姿を見ると、褒められるのと同じように自分が認められた気がしてすごくうれしいですね。
正統派の強くて可愛い女子プロレスラーを目指しているわけではないので、会場を盛り上げることができるなら例え炎上してしまっても良いと思っています。その方が、結果的には見てくれた人たちの記憶に残るから。
チャンピオンベルトも目標の一つではありますが、それよりももっとたくさんの人たちに自分の魅力を知ってもらって、有名になりたいです。自分の武器を生かしながら、大勢の人の記憶に残るような女子プロレスラーになるのが一番の目標です。
2019.05.27