私は大阪で生まれ、奈良県葛城市で育ちました。

小学生の時に阪神淡路大震災が起き、神戸に住んでいた親戚が被災しました。
その時、救助活動に当たっていた自衛隊員の姿を見て、
「世の中の役に立つのってカッコいい」と、憧れを持つようになりました。

また『トップガン』などの映画も好きで、次第に本格的に自衛隊に入ろうと考え始め、
高校生になる頃には防衛大学を目指すようになりました。
サラリーマンの父の姿を見て、なんとなく同じ道を歩みたくないと思っていたこともあり、
将来は自衛隊に入って、幕僚長まで上り詰めようと考えていたんです。

そして、他の選択肢には目もくれず防衛大学に進学し、横須賀での寮生活が始まりました。
夏は毎日何キロも泳いだり、重たい銃を担いで走ったりと大変ではありましたが、
体力には自信があったので、慣れてしまえば問題ありませんでした。

ただ、寮という閉ざされた世界にいることで、初めて「外の世界」に目が向くようになったんです。
土日は外出が許可されていたので、渋谷などの繁華街にも行きました。
すると、防衛大学の真っ白な制服に身を包んだ私たちは、悪目立ちしてしまうんです。
片やハチ公の前ではテニスサークルの大学生が「新歓コンパ」の看板を手に楽しそうに話していて、
「何だこの世界は」と、それまで知らなかった世界を非常に刺激的に感じたんですよね。

しかし、寮に戻ると、規則に縛られた、日々同じことを繰り返す生活が待っていました。
田舎で育ち、自衛隊を目指す以外の選択肢を知らなかった私にとって、外の世界への憧れは日に日に強くなっていきました。
また、防衛大学卒業後も自衛隊で昇進を目指していく、ある意味で決まりきった道よりも、
先が見えない世界を魅力的に感じるようになったんです。

そして、元々航空自衛隊を希望していながらも、海上自衛隊への進路が明確になったこともあり、
1年目の11月に防衛大学を辞めることにしました。