「カッコいい」でなく「お世話になってます」 材料研究者の、宇宙を身近にする仕事。
JAXAにて、「GOSAT-2」という人工衛星のプロジェクトに取り組む藤平さん。大学教授になることを目指して大学院に進み、プラスチック製品やビニール袋に使われる「有機材料」の研究に没頭していた中で、なぜ宇宙の仕事をするようになったのでしょうか。お話を伺いました。
藤平 耕一
ふじひら こういち|JAXA職員
JAXA職員として、温室効果ガス観測技術衛星2号「GOSAT-2」プロジェクトに携わる。
世の中を変える化学の可能性
東京都東大和市で育ち、小学1年生の時に埼玉県加須市に引っ越しました。物心つく前から車が好きでした。デパートに行く度に車のおもちゃを買ってもらっていましたし、車が走っている姿を見たり、車に乗せてもらって出かけたりするのが好きでした。「免許を取るまで死ねない」と思っていましたね。
小学1年生の時からプロ野球選手を目指しましたが、高校時代にその夢は諦め、工学部の大学を目指しました。機械工学を学び、自動車に関わる仕事に就こうと思ったんです。
浪人中、予備校で化学の先生の話を聞いて、化学や材料工学に興味を持ちました。化学の中でも「材料」の分野は、「ものごとを根っこから変えられる」と知りました。
先生は、化学のすごさを伝えるため、車を例に挙げて話してくれました。車って熱効率的に言うと40%もなくて、30%くらい。だけど、電気的な力を利用して、動力にモーターを使った電気自動車では、効率がぐっと上がる。さらに化学的な力を利用した燃料電池自動車も開発が行われている。材料そのものから見直すことで自動車にエンジンすら要らなくなる。材料が変わってくると、そのものが変わってくる。照明もそう、テレビもそう、車もそう。そう思うと、化学や材料によって世界を大きく進歩させられる、世界を変えられるんじゃないかというのが、ちょっとずつ論理的に出てきたんです。でかいことに気づいたというか。
勉強することが世の中でどう使われるか、初めて知ったんです。世の中の役に立つというか、世の中を変えられそうだと感じましたね。
物理と化学、どちらの研究も面白そうだったので、機械工学を第一志望、材料工学を第二志望にして受験しました。材料工学部にだけ受かり、機械工学ではなく、材料工学の道に進む決心がつきました。
仕事に求めるもの
大学でスキー部に入り、冬は雪山に篭る生活を送りました。ただ、浪人してまで入った大学なので、授業はすべて出席すると決めていました。材料工学の中で研究テーマに選んだのは「有機材料」です。大学教授になりたいという目標があって、大学院に進学しました。
大学院1年目の時に、段々自分のなかで気づいたんです。研究大好き人間じゃないなと。なんとなく気づいて。研究の虫みたいな、夜も昼も関係なく研究に没頭することは僕には出来ず。僕は研究一本ではやっていけないな、となってきて。でも、自分の中では大学教授になりたいという目標があったから、博士号は取るんだ、みたいな思いはあって。それを諦めるのは嫌で。
一度決めたことを諦めるのには抵抗があり、進路を悩みました。父に相談すると、「まずは社会に出ろ」と言われました。大学教授になるなら社会人になってから博士号を目指せばいいし、やりよう次第だと言われたんです。
人生の先輩である従兄弟からは、「人生は五次方程式だよ」と言われました。五次方程式の解はたいてい「3」や「5」のような厳密解が得られず、「3くらい」や「5より大きく5.1より小さい」というような近似解までしか得られません。同じ様に、「人生も厳密な正解が得られるとは限らない。自分自身がやりたいと思うなら、その選択は5つの正解のうちの1つの正解に近づいている証拠で、その結果得られるのは厳密な正解ではなく近似解かもしれないけど、それも1つの解である」という意味でした。
「この世の中、大抵のことをやっても死なないよ」とも言われて、気が楽になりましたね。色々試しても面白いのかなと。それに、もともと、研究のための研究、自分の知的好奇心を満たすためだけの研究には興味がなかったので。研究の虫ではないから。いろいろ考えて、就職する方向に考えが変わりました。
子供の頃から車が大好きだったので、自動車メーカーに就職することも考えました。しかし、自動車メーカーに入社できたとします。それで、自分が担当した車ができて、売れたとして。町中で自分の作った車がいっぱい走っている。それはそれですごいことだが、ただ自分がやりたいことはちょっと違うんじゃないか。自分が大好きな自動車だからこそ、もっと大きく変えたいと思うようになっていて。
材料メーカーで材料の研究を行うことも考えました。自分の作った材料が世界を変えるような製品に繋がる可能性を感じました。それは楽しそう、という想いがあって。ただ、そういう側面もありつつ、自分の目的というか興味の先にあるのが自分が裕福になるとかではなくて、違ったところにモチベーションがあるらしくて。自動車や材料に関わりたいけど、お金が一番の目的ではないんだと分かって。じゃあ本当は何に興味があるかと言われると、人の役に立って世界を変えるじゃないですけど、そう思われる方に自分の興味があるのかなと分かり始めました。
有機材料が使われる最も過酷な環境
有機材料は、プラスチック製品やビニール袋として使われています。車だとダッシュボードなどに使われるのですが、見た目が安っぽくなるイメージがあるので、高級車にはあまり使われていません。要は有機材料って地味なんです。そんな扱いの有機材料が使われている一番過酷な環境はどこか気になり、調べてみました。
すると、人工衛星の外側を金色で覆っている「サーマルブランケット」というものが、有機材料でできていると知りました。人工衛星なんて華々しいところで、しかも金色の部品として使われていることに驚きましたね。
さらに宇宙について調べると、「JAXA」という組織にたどり着きました。正式名称すら知りませんでしたが、有機材料の研究と開発の両方を行っていることが分かりました。
そこで、2週間のインターンシップに参加してみました。担当してくれた職員は、周りを巻き込み自分でも何でもやる、とにかく熱い人でした。インターンシップ中いろんな人に会わせてくれたり、とにかくアウトプットする機会を作るようにと、何度もプレゼンさせてくれたりしました。「この人みたいになりたい」と思い、JAXAへの熱が高まりましたね。
ただ、インターンシップ最終日にその職員の方から「今は一時的な恋に落ちているだけだ」と言われたので、一度冷静になって考える期間を作りました。それでも、やはり就職したいのはJAXAでした。JAXAなら人のために仕事をできる。とにかく、研究開発の成果が社会で役立ててもらいやすいという立ち位置を考えて就職を決めました。
宇宙はビジネスの選択肢のひとつ
最初は人の役に立つことなど考えられず、ひたすら言われる仕事をこなすだけでした。宇宙工学分野出身の同期たちは学生時代にも宇宙開発の研究をしていて、すごく詳しいんですよね。劣等感があり、早く追いつきたいと必死でした。
僕は、「SDS-4」という、小型の実証衛星の開発に携わりました。5年ほどの間に、試験、組み立て、打ち上げ、運用と、人工衛星開発の一通りのプロセスに関わりました。「世の中の役に立つ衛星」を作る前に新規技術を宇宙で実証する、という実験衛星なので、その衛星自体が直接みなさんの生活に役立つことはありません。
ただ、せっかく自分たちが開発した人工衛星が宇宙にあるのだから、何か世の中の役に立てようと、部署内で様々な企画を試しました。その中で、子どもたちに宇宙の授業をする際の教材としてSDS-4を使ってみました。実際の人工衛星を使った体験授業は好評を得ることができ、人の役に立つ喜びを感じました。
本業の他にも、宇宙開発を広報する活動もしていました。科学教育番組に出演した際、番組を見た企業から、ベンチャー企業と大企業のマッチングイベントにゲストで出て宇宙の話をして欲しいと言われました。そのイベントをキッカケに、いくつかのビジネスマン向けのイベントで宇宙の話をする機会をいただきました。
人に伝える、というのは大きな転機になりました。それまで話す場なんて学会以外にはありませんでしたから。ビジネスに関わる人に宇宙のことを伝えることによって、なにか生み出せないかなと感じたんです。自分が何かをするだけでなく、人を巻き込んで新しいことをできないかなって。
企業の人たちには、「宇宙という選択肢もありますよ」と伝えました。「CMで宇宙を使ってください」とか言うよりは、ビジネスにおけるひとつの選択肢として、宇宙を見てもらいたいと。必要なければ使わなくていいんですが、みなさんすごい技術を持っているし、ビジネスの世界を知っているので、そこに宇宙を取り込んでもらえたらもっと大きなことができるのではないかなと。そうすれば、それぞれの業界が産業として大きくなるじゃないですか。
あるとき学会でそんな話をしたら、「衛星の作り方を教えてほしい」という二人組が表れたんですよ。彼らは、まだ公には発表していませんでしたが、宇宙業界にデビューしたい、宇宙開発を新たに始めたいんだけどやり方が分からないという状況だったんです。
話を聞いてみると小型衛星に興味があるということで、学会で発表したことを詳しく説明し、さらに小型衛星開発での自分の経験を話しました。その後、宇宙進出が具体的に発表になり、「正式にプロジェクト化します」と聞けたのは凄く嬉しかったですね。自分が世の中の役に立てたかもしれないと感じられた瞬間でした。
宇宙は選択肢のひとつでしかない
現在は、JAXA職員として、「GOSAT-2」という衛星のプロジェクトに関わっています。GOSAT-2は2009年に打上げた温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)の後継機です。
ミッションは「いぶき」と変わらず、地球全体の温室効果ガスを宇宙から観測します。基本的な機能が向上して、細かい範囲を精度よく観測でき、さらに観測を妨げる雲の位置を判別し、能動的に雲の無い場所を選んで観測できるようになります。また、温室効果ガスだけでなく、PM2.5などの大気汚染物質も観測可能になります。
人工衛星は、その衛星の目的を達成する固有の機能を担う「ミッション機器」と、それを動かすために、衛星として宇宙に生きていくための機能を担う「バス機器」に分かれています。僕は、バス機器の中でも、主に推進系や構造系と呼ばれる分野を担当しています。衛星自体が長く宇宙で活動できるための体力を設計するような仕事です。
この衛星が打ち上がって具体的なデータが取れるようになったら、継続的に地球全体の温室効果ガスの濃度を観測できます。継続的に観測することで、温室効果ガスの全球的な季節変動や年変動が分かり、さらに、「PM2.5が増えています」という状況が分かるようになる。これらは僕らの生活にとって意味のある情報であり、人類の役に立てる衛星だと思います。
人前で宇宙の仕事をしていると話すと、「カッコいいね」「すごいね」と言ってもらえるんですけど、「お世話になっています」とは言われません。宇宙は身近な存在ではないんですよね。個人的には、人々の生活の役に立って、お世話になってますと言われたくて。GOSAT-2はそうなれる衛星だと思います。
さらに、「宇宙=別世界」という意識を取り払いたいですね。船を作ることで海を渡り別の大陸に行けるようになり、飛行機を作ることで空を飛び世界がさらに広がったように、宇宙というのはその先にあるひとつのフィールドにすぎないと伝えたいんです。
かと言って、宇宙が全てではありません。宇宙に関わる人は、「衛星で何ができるか」と考えがちですが、そうじゃなくて。何かしたいことがあって、その最適な手段が衛星だったら衛星を使えばいいし、そうじゃなければ衛星は使わなくていい。地上で測れるデータは地上で測ればいい。その方が、頻度や精度が高く、かつお金もかかりませんから。逆に宇宙からしか分からない情報もあるので、それを担うのが衛星です。
「宇宙はひとつの選択肢なんだ」と感じてもらうため、ビジネスマンに宇宙を知ってもらう活動は続けます。
材料の知見から宇宙業界、延いては世界を変えられるような研究をしたいと思っていましたが、最近では宇宙利用の可能性を伝えるのも楽しくて、将来的にどうなりたいのか、自分でも分からなくなってきたところもあります。
ただ、究極的には、世の中を変えられるような役に立つようなことがしたい、という思いは変わりません。それが材料研究なのか、みんなを巻き込んで宇宙を選択肢として見つけてもらう方法なのか分からないですけど、そういう思いは中心にありますね。
2016.03.21