生まれは東京ですが、小さい頃に何度か引っ越し、神奈川県横浜市のいくつかの町で育ちました。ニュータウン暮らしだったので自然と触れ合うことが少ないうえ、親戚も横浜や千葉など近くにいたので、地方への憧れがありました。夏休みが明けて、友達が真っ黒に日焼けした顔で「おじいちゃんの家に遊びに行ってきた」と言いながら、ふるさとのお土産を持っているのが羨ましかったですね。

羨ましかったのは、地方に居場所があることだけではありません。周りの強くて運動ができる友達に、常に劣等感を感じていました。3月生まれなので同級生より小さいし、病弱ですぐに体調を崩していたんですよね。おまけに運動神経は鈍くて、ボールは投げられないわ、走るのは遅いわ。か弱い少年でした。

自信がない分、誰に対しても「自分より絶対すごい」と思うようになりましたね。学校では、いじめっ子ともいじめられっ子とも別け隔て仲良くしてました。いじめっ子は強いのがかっこいいし、いじめられている子も何かに特化したオタク要素を持っていて、すごいと思っていたんです。いじめっ子の友達の一人から「お前はいつも中立だから、裁判官にでもなれよ」と言われたのは、強く印象に残っています。

劣等感の塊でしたが、生物学だけは得意で、学年ではいつも一位の成績でした。好きだったんですよね。誰にも負けないものが初めてできたことが嬉しくて、生物の道に進むと決めました。好きな学問を極めて、将来はノーベル賞なんか取って、世の中の役に立てたらいいなと思っていましたね。

ただ、遊びやアルバイトが忙しくて、大学では勉強から遠ざかってしまいました。イベント企画サークルやホームページ制作のアルバイトで手一杯でした。大学1年の時に「windows95」が発売されて、世の中にパソコンが普及し始めた時だったんですよね。WEBの知識がつくのが面白くて、大学卒業後は生物科かITどちらかに関わる仕事をしようと思うほどでした。そしたら、たまたま両方の事業をやってるベンチャー企業があって、その会社に就職しました。