新潟県長岡市で生まれましたが、父が転勤族だったので、北海道、大阪、東京と、色々なところを転々としていました。引っ越す度にアウェイの環境に飛び込むことになるので、人見知りはせず、ひょうきんな性格に育ちましたね。また、新たな環境のルールを理解して、相手に求められていることを察知する癖もつきました。

好奇心は旺盛で、野球や公文、放送劇など、やりたいと思ったことは片っ端からやりました。ただ、どれもすごくのめり込むわけではありません。自分の中では、どれもゲームのような感覚でした。ルールを理解して、そのルールに則った成果を出すために考えて動くだけ。ある程度結果の出し方が分かったら、飽きちゃうんですよね。勉強も同じでした。

地元がないとか、ハマったことがないことは、自分の中では多少のコンプレックスがありました。とはいえ、リーダー気質で、学校では前に立つことが多かったです。毎年学級委員をしていましたし、小中の野球部ではキャプテンでした。目立ちたかったのではなく、未来を考えるのが好きだったんですよね。「今と隣接するちょっと先の未来」を描き、その世界観を実現するために、みんなで一緒に考えて行動するのが好きでした。

中学までは野球をメインでやり、高校からアメフトを始めました。節目ごとに「次は何をしよう」と目の前で一番面白いことは何かを考えるタイプで、その時にピンときたのがアメフトだったんです。先輩たちは前年に全国大会で優勝していて、高校から始めてもナンバーワンを目指せることが魅力でした。

ものごとを決めるときには、あまり悩まないタイプでしたね。自分の中で納得感がある選択肢が残っていれば、その中での精査は不要で、サイコロで決めてもいいと思うほどです。どちらに決めても、振り返った結果「こっちにして良かった」と思うのは、自分の行動次第。決める前にあれこれいうのではなく、決めてから納得できるように動けばいいと考えていましたね。