人生には、好きだけじゃない大事なものがある。
壱岐島の海女として暮らす理由。

大川 香菜さん/海女

はてぶ

長崎県の壱岐島にて海女漁をしながらゲストハウスを運営する大川さん。大好きだった洋服の仕事をやめて、離島に移住するには、どのような背景があったのでしょうか。大川さんの人生にとって、大事だったものとは。お話を伺いました。

日常の中に海がある

岩手県陸前高田市で生まれました。三姉妹の末っ子です。活発な性格で、男の子ともよく喧嘩していましたね。

遊びといえば、海でした。父は私が小さい頃に亡くなりましたが、遠洋漁業の漁師で、生前は小さなぽんぽん船によく乗っけてくれました。そんな環境もあって、保育園生くらいの頃からひとりで海水浴場で遊んでいましたね。潜ってウニを取ったり、磯遊びをしたり、潮干狩りをしたり、波に揺られて遊んだり。海水浴に来ていた人たちに遊んでもらっていました。

高校生になっても、遊びといえば海でした。ギターを弾きに行く。デートに行く。花火をしに行く。海を見たらとりあえず入りたくなります。海に入れば、中にいる貝を取って、持って帰って食べたら美味しい。他に遊ぶ場所がなかったのもありますが、海に行くのが当たり前で、私にとっては生活の一部でした。

ただ、海で働こうと考えたことはありませんでした。海があまりにも当たり前で、仕事になるとは思いつかなかったんですね。むしろ、都会への憧れは強い方でした。中学生くらいの頃に、大学に行き色気づき出した6歳上の姉を見て、ファッションに興味を持ち始めたんです。古着が流行っていた時期で、私も自分で洋服を加工しました。ダサかったですけど。

ファッション業界に興味を持ち、高校卒業後は東京のアパレルの専門学校に行きました。通ったのはスタイリスト科です。服を作るのも好きでしたが、不器用で、頭に描いたことを表現できず、やっていると自分に腹が立ってしまうんです。だったら、すでにあるいいものを組み合わせようと思い、スタイリングを学ぶことにしました。

憧れの都会で憧れの仕事をする

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