「集まる」をハックする。
ひきこもりが作る、人が移動しない世界。

【日本アイ・ビー・エム提供:オープン・イノベーションを生み出すエコシステム特集】VR(バーチャルリアリティ)とオンラインゲームの技術を利用して、新しいコミュニケーションの形を作る加藤さん。「引きこもりを加速する」というキャッチコピーの元、目指す世界とは?お話を伺いました。

加藤 直人

かとう なおと|バーチャルライブプラットフォームづくり
Fictbox株式会社Founderであり、CEOを務める。
cluster.
※この特集は、日本アイ・ビー・エム株式会社の提供でお届けしました。

アニメを見てプログラミングにハマる


大阪府大阪市平野区で生まれました。小さい頃から、外に出るよりも家で過ごすのが好きでした。家で本を読んでいると、親に「外に行って遊びなさい」と言われます。仕方なく外に行くんですが、結局、図書館で本を読んでいましたね。

親の言うことと逆のことをする子どもでしたね。ゲームをするなと言われても、友達の家に遊びに行ってゲームをしたり、パソコンでゲームをしたり。

夜遅くまで勉強せずに早く寝るように、と言われると、反発心からか、一層勉強が好きになりました。中学生の頃、内容はよく理解できずも、カッコつけていた部分もありますが、大学の物理や数学の本を読んでいましたね。

中学2年生の時に、プログラミングを始めました。『機動戦士ガンダムSEED』というアニメの影響です。主人公のキラ・ヤマトが、片手でプログラミングをしているのを見て、「これやばいな、やってみたい」と。すぐに本屋に行き、プログラミングの本を買いました。本棚には流行していたJavaの本が溢れていました。よく分かりませんでしたが、その中で適当に手に取ったのが、「Javaアプレット」や「J2ME」について書かれた本で、ブラウザやガラケー向けにアプリを作るのに適したものでした。それからは、プログラミングに夢中になりましたね。高校に進んだ後もずっと家でゲームを作っていました。

大学は、宇宙の勉強をしようと、京都大学の理学科に進みました。SFアニメやゲームの影響で、宇宙に興味がありました。

大学に進学した頃は、学問の分野で世界的な大きな発見をしたいと、漠然と考えていましたね。根底にあったのは、生まれてきたからには、何か大きなことをしたい、という気持ちです。

宇宙の歴史を考えれば、人間の寿命なんてほぼゼロみたいなもの。この時代に生まれてきたこと自体偶然でしかない、ある意味では間違いみたいなもの。間違いだとしても、この時代に生まれてしまったのなら、この時代で何かを成し遂げたい。世界に影響を与えることがしたい。そんなことを考えていました。

宇宙の研究=「見る」こと


大学では、大学の機関誌を作ったりイベントを開催したりするサークルに入りました。何となく、ふらっと足を運んだのがきっかけです。最初は機関誌の記事を書いていただけなんですが、2年生に上がる時に、代表をやらないかと他のメンバーたちから推薦を受けました。

最初は、嫌なので断りました。そもそも人前に立ちたくないですし。断ってもしつこくお願いされるので、他のメンバーに「ダメな人間だ、こいつには任せられない」と思わせようと、成績証明書のコピーを配布して自分がいかに単位を取れていないか、ダメな人間かを力説しました。当時、授業にはほぼ全く出ておらず、単位はほとんど取っていませんでした。

ところが、「単位はサポートするから、代表をやってくれ」と言われてしまいました。僕が単位を取れるよう、サークルにサポート体制を作ってくれる、サポート事務局を作ると言うんです。そこまで言われたら断れず、仕方なく代表を引き受けました。

代表の主な仕事は、お金の出し手である大学生協や、外部の人と交渉することでした。引き受けてみて分かりましたが、大人の前でもあまり動じない性格だったので、そこは適任だったんですよね。

メンバーが200名以上いるサークルで、その規模の組織を運営するのは大変でした。運営するうちに200人もいると、一人でマネジメントはできないなという気づきがありました。一人で全てを見ようとするのではなく、小さなグループに分けて、それぞれに仕事を任せた方が自発的に動いてもらえるんですね。

3年の夏にサークルを引退して、卒業研究を始めました。元々興味のあった宇宙に加えて、友達から誘われて量子コンピューターの研究も掛け持ちでやっていました。

宇宙の分野での研究って、理論は山ほど学ぶことがありますが、実験は宇宙を見るという行為だけなんですよね。宇宙にはそんなに簡単に行けません。地球の外を観察して、実験のほとんどは電磁波を観測するだけなんです。物質や粒子の観測もしますが、基本的には観測すること=「見る」だけです。

宇宙の実験でやれることは、ただ「見る」こと。それで分かったことって、100年位前にハッブルが宇宙を見て、ビッグバン理論を提唱した時から、大して変わっていないんですね。

一方で、理論の方だけはどんどん進んでいました。実験に比べて、理論が300年分くらい先行していました。先行している理論を実証しようとしても、技術的にできないので、それは仕方ないんです。ただ、理論ばかりを学ぶ宇宙の研究はつまらないなと、私は思ってしまいました。

宇宙の研究は学部時代まででやめ、大学院からは、量子コンピューターの研究に絞りました。

ひきこもりの日々


京都大学の別の研究室で、量子コンピューターの研究を始めました。量子コンピューターは、従来のコンピューターよりもある種の問題に対しては劇的に高速な計算処理ができると期待されて研究されているものです。理論はほぼ完成されているものの、実用化はされていませんでした。「キュービット」という重要な素子を安定して生み出すことができないのが課題でした。私のいた研究室も含めて、世界中でキュービットを安定して生み出すための研究がされていました。

ただなんとなく、これでいいのだろうか、という漠然とした不安がありました。研究室や研究内容に不満はありません。ただ、世界中の優秀な開発者たちが同じ問題に取り組んでいる。自分がやらなくても誰か他の人がそのうちやる。それに先輩たちや教授たちを見ていると、自分のキャリアがぼんやりと見えてくるんですね。5年後の自分はこれくらい、10年後の自分はこれくらい、という感じで。

そんなモチベーションの上がらない毎日に嫌気がさして、研究室に入ってしばらくして大学院を休学しました。先のことは考えていませんでしたが、不安はありませんでした。生きていく分の生活費ぐらいは、ゲームのプログラミングやWEB制作の仕事をすれば稼げていましたので。

そこから、家に引きこもって一日中ダラダラ過ごす生活が始まりました。たまにプログラミングの仕事を受けて、あとは一日中暇です。ゲームをするか、プログラミングの本を読むくらいしかすることがないんですよね。あまりにやることがなく、小説を書いたりもしましたが、半年もするとさすがに飽きてきます。

それでも、その生活をやめませんでした。同じように引きこもっていた大学の後輩がいたので、よく二人でゲームをしていましたね。人と喋りたいと思う時は、LINEなどでコミュニケーションを取れば満たされるので、外に出る理由にはなりませんでした。

ですが、引きこもり生活の中で、イベントに参加できないのが、唯一フラストレーションでした。アイドルのライブとか、コミケとか、プログラミングの勉強会とかに行きたいと思うのですが、わざわざ東京まで出る気にはなりません。

代わりにDVDでライブを見たりするんですけど、その場にいる時ほどの熱狂を感じられなくて、残念な気持ちになるんですよね。一種の敗北感のようなものを味わっていました。

ベンチャーキャピタリストとの出会い


3年位はそんな生活を送っていました。プログラミングの仕事をしているうちに、ゲームを開発するための「Cocos2d-x」というゲーム開発エンジンに詳しくなりました。ブログで情報発信したりしながら、本を出すまでになりました。勉強会などで発表するようになり、外出もするようになりました。

ある時、ブログを見た人から、twitter上で「会いたい」と連絡をもらいました。ちょうど東京の勉強会で発表する予定があり、少しだけ話しました。

お会いして分かりましたが、ベンチャーキャピタルの経営者でした。少し話したところで、いきなり「うちが出資するから会社を作らない?」と誘われました。その時はベンチャーキャピタルがどういうものか全く知らず、「怪しい」と思いましたね(笑)。

その時は何事もなく別れ、それから定期的に「最近どう?」と連絡をもらいました。ベンチャーキャピタルや東京のスタートアップ事情を調べ、何となくどういったものかは理解できました。定期的にやり取りを続けるうちに、「サポートするから会社を作らない?」とまた声をかけられました。

さすがにこの引きこもりの生活を続けるわけにはいかない、とは思っていました。とりあえずプロダクトを作ってみようと、引きこもり仲間の大学の後輩と一緒に、スマートフォン向けのアプリを試しに作ってみました。作ったアプリをそのベンチャーキャピタルの人に見せたところ、感想は、「そのアプリ作りたいの?」「それで世界を取りたいと思っているの?」でした。確かに、僕自身も、「正直、そこまででもないな」と感じていましたね。

他に何かやりたいことがないか考えてみた時、思い浮かんだのはVR(Virtual Reality /仮想現実)でした。引きこもり時代にVRデバイスに出会って、一目惚れして、趣味で開発していたんです。ただ、日本でVRスタートアップをやっているとこなんて皆無だったし、一般に普及するのはまだまだ先ということで、不安しかなかったんですけど、どうせ自分の会社を作るんだったら好きなことをやってしまえ、と。具体的な事業内容は決まっていませんでしたが、VR事業をするということだけ決めて、出資を受けて会社を作りました。

最初は、一般受けしそうな、可愛いアバターを使ってコミュニケーションできるシステムを開発してみました。ユーザーテストで女性10人くらいに使ってもらったんですが、「友達が使ってたら使います」という反応でした。つまり、自分からは絶対に使わないということですね。それなりにちゃんと作ったものだったので、ショックでしたね。

でも、正直なところ、一般に受けそうだという理由で作っただけで、自分が使いたいと思っていなかったんですよね。そこで吹っ切れて、自分が欲しいもの、自分がやりたいことをしようと決めました。

自分が欲しいもの、と考えた時に、引きこもり仲間の後輩と、VRは音楽ライブやプログラミングの勉強会といった、人が集まるイベント用に使えそう、と話していたのを思い出しました。

引きこもり時代に味わった、自分がイベントの場にいないという敗北感。VRを使えば、ライブの熱量をそのままに、家にいながらイベントに参加できるんじゃないか。そう考えつきました。

合理化の先にある無駄なこと


現在は、Fictboxという会社で、バーチャルライブのプラットフォームである『cluster.』を立ち上げ中です。ユーザーテストも少しずつ開始しています。

ライブの熱量を保ったまま、オンライン上でイベントに参加できる場です。VRの専用デバイスだけではなく、スマホやPCなどからアクセスすることもできる、マルチデバイス対応のプラットフォームです。

cluster.は、「集まる」をハックする(工夫する)サービスです。イベントには行きたい。でも、実際に移動するのって結構大変ですよね。決まった場所に行かないといけない。例えば京都から東京に行くなら、時間もお金もそれなりにかかります。特に引きこもりの人には辛いですよね。それを、家にいながら同じ熱量で人と会うことができたら、最高じゃないですか。

経済活動って、「合理化」と「贅沢化」の二つのストリームを繰り返していると思うんですよね。電車は、歩いて移動していたところに時間の効率化をもたらした。例えば、家から渋谷に行くのに1時間かかっていたのが、電車だと15分、みたいな。そうやって合理化して何をするかといえば、友達とカラオケに行く。つまり、贅沢な活動、無駄な活動なんですよね。

人と会う行為をバーチャル上で完結させるのは、究極の合理化だと思います。欲しいものが家にすぐ届くようになった今、外に出る理由のほとんどが人と会うためです。それが家から出る必要がなくなれば、人の移動がほぼなくなります。世界で一番無駄なエネルギーは、人が移動する時のエネルギーですから、人が動かなくなれば、エネルギーを相当節約できます。

cluster.は究極の「合理化」の事業です。究極まで合理化を追求する事業が落ち着いたら、次は究極まで無駄なことを追求する事業をしたいと思います。

「無駄なこと」として考えているのは、宇宙に行くことです。引きこもりにとって外に出ること自体が無駄なことで、一番遠いところはどこかと考えたら、宇宙。ロケットを飛ばしたり、宇宙服を作ったりしたいですね。

事業がうまくいかずにピンチになったとしても、なんとかなる自信はあります。これまでも、崖っぷちは何度もありましたが、その度に何とかなってきました。大変な時は焦って何かをするよりも、待っていたら何かがやってくる、という感覚ですね。

とにかく、何かの間違いで生まれてきてしまった命を、ただ生きて死んでいくのではなく、世の中に何かを残したいですね。

2016.04.14

加藤 直人

かとう なおと|バーチャルライブプラットフォームづくり
Fictbox株式会社Founderであり、CEOを務める。
cluster.
※この特集は、日本アイ・ビー・エム株式会社の提供でお届けしました。

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