囲碁とビジネスのどちらも本業に。
自分だけの唯一無二のキャリアを。

フリーランスとして採用支援を行いつつ、囲碁のインストラクターも行っている長井さん。どちらにも全力で取り組むからこそ、どちらか一方だけでは出会えなかった人に出会い、できなかった仕事ができているのだといいます。長井さんの目指す理想のキャリアとは。お話を伺いました。

長井 多葉紗

ながい たばさ|人事コンサルタント兼囲碁インストラクター
フリーランスの人事コンサルタントとして採用支援などを行う傍ら、囲碁インストラクターとして活動。自身のキャリアを活かし、囲碁が「ビシネスに効く」ことを啓蒙しつつ、企業への囲碁研修なども行う。

順風満帆


東京都西東京市出身です。小さい頃から親、先生、友達といった周りの人たちみんなのことが大好きで、誰とでも仲が良かったです。おてんばで、どちらかと言えばお調子者な性格でした。勉強も運動も一生懸命取り組んでいましたね。やった分だけちゃんと結果が返ってくるので、努力することが好きでした。

ある時、囲碁好きだった父から、7個の碁石を使って一番大きく陣地を取るにはどうすればいいかという問題を出されました。母や祖父が陣地を囲うように碁石を配置したのに対し、私は斜めに並べることで、一番多くの陣地をとることができました。すると父から「多葉紗は天才だ」と褒められたんです。それが嬉しくて囲碁をはじめ、だんだんとのめり込んでいきました。どんどん上手くなって、自分より一回りも二回りも年上の大人に勝てるようになっていくのが楽しかったですね。

もっと上手くなりたいと思い、プロ棋士の先生に弟子入りすることに。13歳の時に試験を受けて、プロ棋士になるための養成機関である日本棋院の院生になりました。中学を卒業するまでは学校生活も囲碁も、順風満帆で楽しかったです。中学3年生の時から師匠の家に住み込み、ひたすら囲碁の腕を磨きました。

師匠からは、高校に進学せず、プロ棋士を目指すことを勧められました。プロになりたいという気持ちが強く、全日制の高校への進学は諦め、囲碁に専念することにしました。ただ、なんとなく他の友達と同じように勉強することも大事だと考えていたので、単位制の高校には入学しておくことにしました。

初めての挫折


中学卒業後から、私にとって地獄のような毎日が始まりました。囲碁のみの生活で一生懸命打ち込んだのですが、院生成績は全然上がらない。これまではちゃんと努力すれば上手くなる仕組みの中で生きてきたのに、囲碁は練習してもなかなか成果が出ませんでした。

勝負の世界では勝ち負けが全てなので、勝てないことがものすごいストレスでしたし、対局の一手一手に自分の全てがかかっているというプレッシャーを絶えず感じていました。ずっと暗いトンネルの中にいるような気持ちでしたね。

辛くて辛くて、17歳の時、親に言って、囲碁をやめさせてもらいました。これまで順調だった私の人生の中で、初めての挫折でした。

勉強であれば、努力すればそのぶん成績は上がるし、結果が返ってくる。だから今なら他のみんなに追いつけると考え、必死で勉強しました。単位制の高校は退学し、大検を取得。友人たちと同じように、大学受験をすることができました。

受験にあたってもう一度将来を考え直し、手に職をつけて生きていこうと決めました。一生懸命練習してもプロ棋士にはなれなかったけれど、「私は別の世界でプロだよ」と言えるように、何か自信が持てるものを見つけたいと思ったのです。

また、囲碁人口もスポンサーもどんどん減っている中で頑張っているプロ棋士や、ずっと取り組んできた囲碁に対して何かしたいと考えました。自分がなれなかった分、プロ棋士に対しては尊敬の念を抱いています。

これら2つのことを考えた結果、思いついたのが最先端のテクノロジーを学ぶことでした。技術を学べば手に職もつくし、どちらかと言えばマイナーで地味なイメージのある囲碁界を変えていけるのではないかと思ったのです。そこで、最先端の技術が学べる学部がある、東京の私立大学を選びました。

もっと囲碁界を輝かせるために


大学入学後は、かなり勉強していました。ブランクを埋めたいという気持ちもありましたが、囲碁しかできなかった状況から、勉強ができるようになったことが嬉しい気持ちもありました。

囲碁に関しては、まだ完全には挫折から立ち直れていませんでした。しかしなかなか離れることができず、囲碁部に入って大会に出場したりしていました。そこで良い結果を出すと、囲碁サロンでのインストラクターとしてのアルバイトや、囲碁番組への出演など声をかけてもらえるようになりました。

囲碁と対局以外の関わり方をするうちに、だんだん楽しく感じるようになってきて。「勝負に勝つ」という所から、「教える」とか「広める」といった所にモチベーションを感じるようになりました。囲碁部での対局よりも囲碁サロンのアルバイトを優先させてしまうくらい、囲碁の魅力を伝えることにやりがいを感じていましたね。

そのことから、就職活動が近づく頃には、プロモーションについて学べる企業に入りたいと思うようになりました。大学入学時に考えていた囲碁界のイメージを変えたいという思いを、プロモーションを学べば実現できるのではないかと考えたのです。

私は、全ての物事を多面体だと捉え、光の当たる部分を動かしてあげれば、人々に与える印象をガラッと変えることができると思っていました。囲碁も、もっと楽しい面に光が当たるようにして、明るいイメージを持ってもらえるようにしたいと思ったのです。

一方で、漠然とではありますが、将来は何か自信が持てるものを極めて独立したいと思っていました。憧れていた囲碁界のプロ棋士は皆、自分の腕一本で食べています。やっぱりそんな生き方に憧れていたのです。経営者だった父や祖父を見ながら育ったことも影響していたかもしれません。ただ、いきなり独立するには、もちろんスキルも経験もないので、35歳までには独立することを目標に、まずは就職することにしました。

新卒の時は、プロモーションに力を入れている会社を中心に受け、大手印刷会社に入社しました。自分の興味のあるスキルを身につけられるとともに、ビジネスパーソンとして必要な考え方なども学べると思ったからです。

2年ほど働くと、希望していた通り、雑誌のプロモーションの仕事に携わることができました。入社前に思い描いていた夢を一つ叶えることができたので、すごく嬉しかったです。一方で、歴史のある企業だったために良くも悪くも同じクライアントとの取引が多く、独立するためには、新しい顧客と関係を築く力が必要だと焦るようになったのです。

そんな気持ちを抱えて転職サイトを見ていると、ちょうど大手人材系企業が、新しい媒体を立ち上げ、新規顧客獲得のための営業を募集しているのを見つけました。人材系企業で売るのは無形商材。目に見える商品を売るのとは違い、自分がどう売り込むかによって、大きく価値が変わります。だから自分の力を試すことができると思いました。そこで、その会社に転職することにしました。

出会えなかった人と出会う


営業として入社し、主にIT企業をクライアントに、採用支援のお手伝いをしました。やるからには他の営業マンに負けたくないと思って働き、数年後には同部署で1番の成績を上げてMVP賞もいただき、以来ずっと高成績をキープし続けました。しかし一営業としての自信はついても、独立の夢を叶えるには「経営視点」が足りない、と思うようになりました。

そこで、もっと規模が小さな会社で、経営に近いところで仕事をしたいと思うように。これまでずっとIT企業をクライアントにしていたこともあり、とあるITベンチャー企業に採用担当としてジョインすることにしました。

転職したのは社員数が100名くらいのITベンチャー企業。入社前から「経営陣と同じ目線を持ってやってもらうことになるから」と言われていました。入社後、経営に近いところで仕事をさせてもらう中で、改めて採用の辛さや面白さを感じました。

働く中で、採用の情報を拡散するためSNSを利用することになりました。私個人のアカウントは囲碁も含めプライベートのつながりがメインだったので、はじめは仕事用の新規アカウントを作るつもりでした。しかし上司から「アイデンティティとして、あえてプライベートを出しても良いんじゃない」と言われ、同じアカウントを使って会社の採用広報もすることにしました。すると、ビジネス上で出会った多くの人から「囲碁を教えてほしい」と言われたり、人材の育成や組織開発の会社から、囲碁研修を考えてほしいと声をかけられました。

その時は会社での仕事がメインで、囲碁はボランティアで関わる程度の扱いでした。しかし囲碁のおかげで、ビジネスをしているだけでは出会えなかった人に出会え、体験できなかったことができることに気がつき、独立するときには囲碁とビジネスを一緒にやってもいいんじゃないかと思うようになりました

採用コンサルタントと囲碁という、自分の取り組みたいドメインが明確になったことで、入社して5年目になった33歳の時に退職し、フリーランスとしての道を歩むことにしました。

「伝える」を極めたい


現在は、大きく2つの軸で仕事をしています。まず一つは、フリーランスの人事コンサルタント。採用企画はもちろん、最近は採用広報としての仕事も多く、企業の魅力的な部分を求職者にどのように広報するかの戦略づくりや、記事やイベントなど具体的なコンテンツを作るお手伝いなど、幅広く活動しています。

もう一つは囲碁関連の仕事。囲碁サロンのインストラクター、囲碁番組への出演、囲碁イベントの司会などを行っています。

また、最近は企業様からの依頼で、囲碁を通してビジネススキルを上げる研修も行っています。囲碁とビジネスは一見かけ離れたものに見えますが、実はとても相関性があるのです。例えば囲碁を通して、経営者の判断能力を培うことができます。無数にある次の一手の中から、一番投資に対する利益率が高いものを選択する思考が鍛えられるからです。実際のビジネスの現場で失敗は許されませんが、囲碁なら失敗してもゲームなので再び挑戦できます。トライアンドエラーを繰り返すことで判断力を磨くことができるのです。

そして、マーケットの中でどう戦っていくべきか戦略を立てる力も鍛えられます。将棋は王様を取った方が勝ち、というルールに対し、囲碁は最終的に盤面に残っている陣地の大きさで勝敗が決まり、例え50対51であっても、数字が大きい人が勝ちになります。この勝敗のつけ方が、マーケットシェアを拡大するための戦略に似ていると思うのです。どの企業も業界ナンバー1を目指していくものの、全ての相手を潰すわけではない。囲碁によって、共存しながら差別化を図っていく思考が学べると思っています。相手の石ばかり見てると自分の陣地が手薄になって攻め込まれてしまうので、守りつつ攻めるというバランス感覚も鍛えられますね。

さらに、もっと具体的な職種に当てはめて考えると、営業職にも囲碁の考え方が活かせます。顧客に刺さるアプローチを考え、NOと言わせないためのストーリーを作るプロセスは、詰碁を解く時の感触と似ていると感じます。

私は、人事コンサルタントも、囲碁関係の仕事も、両方ともプロ意識を持って取り組んでいます。どちらの仕事も、目の前のお客さまを喜ばせたいというモチベーションは同じです。例えば採用なら私が行った施策によって応募者が増えればすごく嬉しいですし、囲碁なら私が教えた人が「強くなったよ」と喜んでくれると嬉しくなります。

今後は、双方の仕事の中で「伝える」ことについて、もっと極めたいと思っています。人事の仕事では、世の中の人に企業の魅力をもっと訴求できるよう、ディレクション力、ヒアリング力、文章力などを鍛えていきたいです。また、「囲碁はビジネスに効く」ということを広め、囲碁の持つゲーム性や、プロ棋士の魅力をもっと一般の人に伝えられるようになりたいです。ヨガを「ダイエットや美容に効く」という理由で始める人が多いように、囲碁を「ビジネス力を鍛えるツール」として始めることが、スタンダードになる世界を目指していきたいですね。

それから、やりたいことを掛け合わせることによってできる、新しいキャリアの作り方についても伝えていきたいです。私は、囲碁の世界では一番になれませんでした。しかしビジネスと囲碁を掛け合わせることで、自分にしか提供できない価値を作り、唯一無二のキャリアを築いていると思っています。

長く採用に携わっている経験から、特に女性は出産や育児などのことを考えて、自分のキャリアについて前向きになれない人が多いと感じます。自分だけの何かが見つけられないと悩む声もよく聞きます。でも、たとえ何かの一番ではなくても、自分のやりたいこと、好きなことを掛け合わせることで「自分にしかできないこと」が見えてくるはず。それが見えると楽しいし、実際に私は囲碁とビジネスの掛け合わせを楽しんで生きています。2つの仕事のどちらもプロ意識を持ってやっていくことで、キャリアに悩む人が自分にしかできないことを突き詰め、もっと自由に生き方を模索できるようなきっかけを与えられればと思っています。

2018.10.09

長井 多葉紗

ながい たばさ|人事コンサルタント兼囲碁インストラクター
フリーランスの人事コンサルタントとして採用支援などを行う傍ら、囲碁インストラクターとして活動。自身のキャリアを活かし、囲碁が「ビシネスに効く」ことを啓蒙しつつ、企業への囲碁研修なども行う。

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