兵庫県豊岡市の農家に生まれ育ちました。田んぼや畑がいっぱいある風光明媚な地域です。2人の姉を持つ末っ子長男で、父には小さい頃から農家を継ぐように言われて育ちました。

父は厳格でしたが、賢く、いつも働いていて、誰とでもフラットにコミュニケーションが取れる人でした。地位や見てくれは全く気にせず、いろんな人と関わり、困ったことがあれば助けていました。そんな父の口癖は「誰のために生きているのか」。父は三男ですが、長男が家を出てしまった影響で自分の夢を捨てて実家に戻り、農家を継いだそうです。自分ではなく、家族や周囲の人のために生きている人でした。だからこそ、長男である僕に農家を継いでほしいという想いが大きかったようです。

そんな父を尊敬していたし、地元は大好きだったものの、敷かれたレールを歩むことには抵抗がありました。外に出たいと思い続けていたんです。「こうしなくちゃいけない」と運命を定められていることが辛くて、なんとかここから抜け出せないかと苦しんで、もがいていました。

地元の小中学校を卒業したのち、高校は進学校へ進み、バスケットボールとバンド活動に明け暮れ、充実した毎日を過ごしました。一方で、外に出たいという気持ちは募っていったので、大学進学を目指すことにしたんです。父の言葉に縛られていたからこそ、鬱屈した気持ちを大きなパワーに変え、限られた時間の中で効率的に勉強しました。

進学は反対されましたが受験の意志は固く、合格して進んだ大学は、大事にしていた自分の楽器を売って受験費用を捻出したところでした。最終的には、父にもなんとか許しをもらいました。