誰もが気軽に表現者になれる社会を創る。
公務員アーティストとして教育課題に向き合う。

「公務員アーティスト」として岐阜市役所で働きながら、写真やダンス、絵画など様々な活動を続ける川那さん。絵や漫画が好きだと思いながら、周囲の目を気にして理想の自分を演じていましたが、サークル活動や仕事を通し、表現の楽しさ、大切さを思い出します。川那さんが活動を通し実現したい社会とは。お話を伺いました。

川那 賀一

かわな よしかず|公務員アーティスト
科学館にて学芸員兼サイエンスショーパフォーマーを6年間務め、その後民間出向職員として東京の大手通信会社にてCSR業務に従事。独自の視点と経歴に趣味のアートを掛け合わせ、2018年4月から“公務員アーティスト”と名乗り、官民交流や異業種とのコラボを積極的に展開中。地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード2019を受賞。

好きを隠し、理想を演じた


静岡県静岡市で育ちました。スポーツマンの父の影響で、父と弟と一緒にランニングや水泳、サッカー、スキーなどいろいろなスポーツをして過ごしました。どんなスポーツもまんべんなくできるようにという父の教育方針です。お陰でほとんどのスポーツは人よりうまくできましたが、近所に通報されるくらいスパルタ指導だったので、ちょっとできたくらいで褒められることはなく、自己肯定感は常に低かったですね(笑)。

ただ、本当に好きなのはスポーツよりも絵を描くことでした。自分の思いや考えを表現できるのが面白かったんです。毎日、1人でコツコツ漫画を描いていましたね。でも、漫画を描いている子は暗いイメージがありましたし、家族はスポーツ一家。漫画を描いている自分を見られるのが嫌だと思い、誰にも知られないように隠れて描いていました。

ある日、絵を描いているところを親に見つかってしまったんです。「お前、面白いの描いてんな」と言われて、特に否定されたわけではないのに、恥ずかしくて恥ずかしくて。それ以来、絵を描かなくなりました。「僕は活発なスポーツ少年であるべき」と思い込み、好きなものへ向かう気持ちを隠して理想の自分を装うようになったんです。

父に気に入られるようにアクティブなスポーツ少年を演じて過ごしました。ライバルの弟に負けないように、男らしい強い長男も同時に演じていましたね。

一方勉強では、自分の中でかっこいいと思っていた「授業は聞かないのにテストでは良い点をとる」スタイルを貫き、人が見ていないところで勉強していました。人一倍、周りからどう見えるかを気にして、架空の自分を演じていましたね。
授業を真面目に聞かないので先生にはあまり好かれませんでしたが、理科の先生はすごく可愛がってくれました。ふざけていても強く叱らず、どこか面白がってくれていたんです。兄のような存在で、憧れると同時に「こんないい先生になりたい」と思い、将来は教師を目指すことにしました。

高校受験のタイミングで父の実家がある名古屋市に引っ越したため、高校は名古屋市の私立に通いました。田舎の中学校から都会の高校に行って、中学生の時のように伸び伸び過ごせませんでしたね。自分らしくいられなくて、楽しくなかったので、高校生活は大学で教員免許をとるためのつなぎと考え、淡々と過ごしました。

表現するってかっこいい


岐阜県の国立大学の教育学部に進学しました。中学から目標にしていた教育学部に入れたし、親の期待に応える形で国立大学に合格できたので、これからは伸び伸びやるぞと思っていました。興味があったストリートダンスを始め、どんどんのめり込んでいきました。

ストリートダンスは、これまでやってきたスポーツとは違い、勝ち負けではなく自分を表現し、お互いの良いところを認め合うものでした。絵を描いていた時の、自分を表現する面白さが蘇りましたね。ふさぎ込んでいた高校時代と違い、自分を自由に表現することで解放されていくのを感じました。

恥ずかしくてもスポットライトの下に出たら、自信満々に踊らないといけません。自分で自分をかっこいいと思えなかったら、何も始まらないんです。自分を好きになって、自信満々で踊る体験を通して、自己肯定感が高まりました。「自分って、案外やるじゃん」と人生で初めて思えたんです。同時に「表現するってかっこいい」と思えるようになりました。

教員免許を取るために小中学校に教育実習にいきました。しかし、実際に現場に行くと、教育の理想とはかけ離れた現実がありました。教師は忙しすぎて、一人一人の子どもに時間をかけることができないんです。落ちこぼれそうな子でも、話を聞いて寄り添ってあげれば伸ばすことができるのに、その時間が取れません。

教師としてうまくやるためには、ついていけない子どもたちを救いたくなる気持ちを押し殺して、淡々と仕事をしなくちゃいけない。子どもが好きだと救いたくなってしまうから苦しい。子どもが好きな気持ちを押し殺してまで教師になる必要はないと思いました。教師でなくても、子育てなど別の形で子どもと関わればいいと思ったんです。

ただ、就活と教育実習の時期は重なっていたので、就職先に選択肢がない状態でした。そこで、応募時期が一般企業より遅い公務員を目指しました。安定しているし、親も喜ぶと思ったんです。好きなことはプライベートですればいいや、と半ば仕事は割り切って考えていました。

クリエイティブが好きなんだ


大学卒業後、岐阜市役所に入庁しました。学生時代に教員免許や学芸員の資格も取得していたこともあり、市の管轄の科学館で学芸員として働くことになったんです。

職員の数が少なかったので、科学館では幅広い仕事を担当しました。展示の企画や展示物の設計、実験ショーや記録用の写真撮影、テレビやラジオへの出演、広報のためのデザイン制作。大変でしたが、どれも自分で考えて表現できるクリエイティブな仕事で楽しかったです。「仕事でも表現していいんだ」と気付きました。さまざまな仕事を任せてもらったことで、小さな成功体験を積み重ねられました。

特に写真は、新婚旅行でカメラを買って以来、趣味でも撮るようになったので、仕事と趣味の相乗効果で上達していきましたね。

23歳で結婚して、写真やダンスなど、趣味の時間も大事にして働いていました。しかし、25歳で子どもが生まれると、自分の時間が圧倒的に取れなくなりました。子どもが寝た後の夜1時間だけ、やっと自分の時間が取れる。そんな状態になって初めて、時間ってすごく大事だなと思いました。毎日こんな時間しかもらえないんだったら、あっという間に死んじゃうぞって。

人生は一度きり。妻と話し合ってマインドセットをしようと決めました。自分を殺して子どもだけに時間やお金を使うのではなく、自分たちにしっかり投資して、お互い成長することにしたんです。それが子どもの教育にも重要だと考えました。

子どもを英会話教室に通わせて英語を習わせるよりも、親が英語を喋れるようになって外国人の友達と話したり、海外旅行に連れて行く。そのほうが子どもは英語を覚えるはずです。子どもにお金も時間もつぎ込んで自身の身なりに無頓着な親を見かけますが、親が理想の姿になれないで、子どもに理想を語るのはおこがましいと私は思います。まずは親が楽しんで、やりたいことをしっかりやって、輝いている姿を見せようと決めました。

それからは、趣味や自己啓発など「いつかやりたいリスト」に入っていたことを片っ端から行うようになりました。使える時間は少ないので、時間の使い方を変えました。何事も集中すれば、短期間で70%くらいのレベルにはなれます。しかし、70%を100%まで極めようとすると長い時間が必要なので、70%までやったら、次を始めるようにしました。70%レベルのスキルを掛け合わせていけば、もっと新しいことができるかもしれないと考えたのです。

科学館に所属してから6年、そろそろ異動だぞという時、せっかくクリエイティブなことが好きだと気付けたのに「もし役所の窓口みたいな場所に配属されたら、どうやって過ごせばいいんだろう」と思いましたね。仕事で好きなことなんかできるわけないと割り切ったつもりで入庁しましたが、自分を偽って仕事をする気にはなれませんでした。偽って絵を描かなくなった昔の自分に戻りたくなかったんです。

ある人に「組織と相性が合わない場合、辞めるか、染まるか、変えるかの3択になる」とアドバイスをもらったことがあるのですが、まさにその3択から選ばなければいけない状況に直面していました。自分を押し殺した状態で公務員を続けるのは無理だと思い、転職活動を始めたんです。

いざ転職活動をしてみると、公務員の価値の低さを知り、愕然としました。仲良くなった人事の人に聞くと、「民間企業と公務員は全く違うフィールドだから正直、採用しにくいし、評価もしづらい」と教えてくれました。6年間、一生懸命やっていても公務員をやめて外に出たら、自分の価値は判断してもらえない。井の中の蛙になる前になんとかしなければと思い、まずは自分が民間企業でも通用することを証明しようと思いました。ちょうど市役所で民間出向の募集があり、希望して東京の大手通信企業に出向することにしたんです。

殻を外せば、誰もが表現者に戻れる


企業では、社会貢献活動の業務の担当として、会社の資源を使った社会課題の解決に取り組みました。もともと教育に関わることをしてきたので、教育系のプロジェクトに多く携わりました。

ロボットを使ったプログラミング教育のカリキュラムを制作し、2020年から始まるプログラミング教育の準備ができていない教育現場の課題を解決したり、地方の学校に遠隔指導ツールを貸し出して、学びの地域格差をなくすための部活支援をしたりしました。

活動にはやりがいがありましたが、続けるうちにもどかしさを感じるようになりました。民間企業の場合、会社の資源を使う以上は会社の方針や戦略に従わないといけません。世の中を良くするための方法を提案しても、会社の利益にならないなら企画は通りません。課題を見る目は養われたのに、納得のできない選択を迫られることが多く、民間企業で社会課題の解決に取り組むには限界があると感じました。

そのとき、無理して企業のCSRで理想を追い求めるのではなく、個人でもCSR活動をして社会にアプローチできるようになればいいと思ったんです。自分の特性と立場を組み合わせれば、社会課題を解決できるような新しい価値が生み出せるんじゃないかと考えました。

特に課題だと感じていたのは、表現することへの敷居が高いことでした。子どもの頃は、何もない芝生に放り込まれても一日中遊んでいられるくらい、自分でものを考え自己表現を楽しむ。、でも、大人になると、それができなくなってしまいます。周りの目を気にして殻を作り、やりたいことがあっても「私なんかができるわけない」と可能性を否定してしまう。でも、子どもの頃できていたのだから、本来はみんな表現できるはずです。

殻を外し、自分に自信を持って表現できれば、みんなやりたいことにすぐ挑戦できるはず。どんな分野であれ、「自分にはなんでもできる」と自信を持って表現できる大人が増えたら、すごく前向きな社会になると思ったんです。

そこで、表現することの敷居を下げ、みんなが本来の表現者、つまり「アーティスト」に戻れるよう、活動することにしました。世間から固いイメージを持たれる公務員がアーティストだったら敷居が下がり、誰でもクリエイティブに表現できるのではないかと考えました。

こうした活動に見合うポップな肩書きを持とうと思い、「公務員アーティスト」と名乗るようになりました。「公務員アーティストって何?」と興味を持ってもらえるようになって、一気に知り合いが増えました。他の公務員からも共感を得られ、多くの友達ができましたね。

写真や映像、ストリートダンスなどさまざまな表現活動を行う中、社会を作っていく行為そのものをアートと捉え、自身の活動を「ソーシャルアート」という表現活動の一種として定義するようになりました。

クリエイティブな親の背中が一番の教育


現在は、市役所の教育政策課に勤めながら、公務員アーティストの活動を続けています。

市役所では、公務員としての立場で自分にしかできない仕事をどう生み出すかを考えながら、教育行政に携わっています。東京で得たつながりを生かし、国や民間企業とコラボレーションしながら新規事業開発を行なっていて、今は公務員として働くことがすごく面白いですね。社会課題に対して、自分の正義に向き合い、一番ベストな最適解を堂々と追求していけるのが民間には無い公務員の魅力だと思います。

民間企業に行って個人でも活動し始めたことで、外の世界でもやっていける自信が持てました。いつまでも今の仕事が出来るわけではないですし、私は恐らく一生公務員でいることはないと思います。いつでも辞められる、だからこそ、本音で話し、立場に関係なく意見を言えます。嫌なら逃げればいいし、面白い世界が見えたら飛び込めばいい。リスクをとって一歩踏み出す勇気が持ててから、主体的に仕事を楽しめるようになりました。

今後は、教育現場における課題解決の手助けをしたいですね。中でも僕が取り組みたいのは、親に変化を起こすこと。親一人ひとりが、自分なりのやり方で輝けるようにしたいです。そのためには、誰もが気軽に表現者になれることが大事だと考えています。

「私にはできない」という思い込みの殻を一枚一枚外して、まずはやってみる。クリエイティブな親の姿勢から子どもは様々なことを学べるはずです。そんなふうに表現する大人の背中を子どもに見せることが、真の教育に繋がると信じています。

2019.08.19

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