「社会は自分たちで変えられる」という感覚を。一つひとつの「不自由」をなくしていくために。

スマートニュース株式会社にて、NPO支援プログラム「SmartNews ATLAS Program」の運営などを行う望月さん。こうした活動を通じて、「社会は自分たちで変えられる」という感覚を広げていきたいと語る背景には、どのような考え方があるのか。大学院で「自由」についての研究に打ち込んだあと、働きながら社会と関わっていくことを決めた望月さんにお話を伺いました。

望月 優大

もちづき ひろき|公共性の感覚を広げる
スマートニュース株式会社のグロース/パブリック担当として、スマートニュースのユーザー獲得やNPO支援プログラムSmartNews ATLAS Programの運営などに携わる。

日本の外で、現実社会の問題に触れる


私は埼玉県草加市で生まれ育ちました。小さな頃から本を読んだり、物事を考えたりするのが好きでした。中学卒業後は、慶應高校・慶應大学と進学し、東京へと出てからは、渋谷でヒップホップのレコードを買ったりしながら、ふらふらと過ごしていましたね。

大学1年生の冬に、1ヶ月ほどフランスのパリ政治学院で学ぶ機会がありました。初めての海外体験で、たくさんの刺激を受けたんです。

休みの日に、パリの郊外にある、旧植民地などからの移民が多く住む団地のエリアをひとりで歩いていると、路上の電話ボックスが叩き割られていたりと、不穏な空気が流れていました。何より、エリアによって住む人の種類がきれいに分かれていることにも、大きな衝撃を受けましたね。

フランスはアメリカと日本に次ぐヒップホップ大国で、フランス本土以外にルーツを持つ人たちの間でとても人気があり、ヒップホップ好きな私は、そのカルチャーにも親近感を持っていました。他方で、フランスを含めたヨーロッパの様々な国では、移民の排斥を訴える極右政党が台頭していました。そんな状況にあるパリを歩き回る中で、移民をめぐる個人や国家のアイデンティティの問題について、強い興味を持って考えるようになったんです。

その後も、日本の外の世界への関心は尽きず、ミャンマーに長期間滞在したり、イランからフランスまで陸路で旅をしたりしました。訪れた国々には宗教や人種、民族、政治的信条など、様々な事情や理由による分断がありました。

そして、そこで生きる生身の人たちと話すなかで、いつの間にか、自分やこの人たちにとっての「自由」とは何だろうと、よく考えるようになったんです。

「自由」であることの意味を考える


考えてみると、自分が「自由」であると直接的に感じる人はあまりいませんよね。反対に、何か特定の事に対して「不自由」であると感じる人はたくさんいます。

社会の既存のルールや雰囲気が許容する範囲のなかで、自分のしたいことができないと人は不自由だと感じる、私はそう考えます。そして、人種やLGBTといった問題から、その他のなかなか注目を浴びにくい問題まで、生きている人たちが感じている一つひとつの具体的な不自由を解消していくために、人々は社会のルールや雰囲気を少しずつ変革してきたんです。

自由とは何だろうと考えるうちに、そもそも自分の「したいこと」とは何だろう、なぜこのような「欲望」を持つのだろう、ということについても考えるようになりました。

例えば、なぜ多くの日本人は欧米の文化に憧れを持つのだろうと。アフリカでは、黒い肌を白くするために漂白剤を肌に塗って、ガンになる人が大勢いるという話も聞きました。つくづく人間の業の深さを思い知らされる話ですよね。

こうした不可解な欲望のあり方を理解するためには、歴史的な経緯をきちんと見る必要があります。自由や不自由の感覚の前提となる様々な欲望自体も、必ずしも不変のものではない。そうして特定の歴史の刻印を押された様々な欲望から人はどれだけ自由になれるだろうか。そんなことをいろいろな本を読みながら考えていました。

フランツ・ファノンやエドワード・サイード、ガヤトリ・スピヴァクなど、植民地出身の活動家や思想家、そしてミシェル・フーコーの考古学や系譜学の考え方を学びました。そして、将来は研究者の道を進もうと考え大学院に進み、1970年代後半以降の後期のフーコーを主に研究していました。研究の関心は一貫して「自由をどう考えるか」でした。

研究だけでなく教育にも興味があって、もっと言うと大学のゼミのようなことがやりたかったんですよね。素晴らしい教師との出会いは、その人にとって「初期衝動」とでも呼ぶべきインパクトを与えることがある。その衝動に、音楽や本を通じて出会う人もいますが、人間関係を通じてそうした衝動を与える可能性について考えていました。

働きながら、社会に働きかける方法を模索する


その後、実際には経済産業省や博報堂コンサルティングで社会人として働く道を選びました。研究の道を一旦ストップして、働き始めることにしたのは、社会に存在する様々な「不自由」について理論的に把握するだけでなく、実際に解消する現場に身を置きたいという、漠然とした思いからでした。

しかし、社会人として働きながら、自分のなかに消化不良のようなものが少しずつ溜まっていくのも感じていました。公務員としてもコンサルタントとしても、自分の未熟さゆえに具体的な不自由の解決に携わっているという感覚をなかなか得られなかったんです。

そんな時、2012年末の衆議院選挙に合わせて、友人と「I WILL VOTE」というキャンペーンを立ち上げました。若い世代の低い投票率を改善するために、「自分は投票に行きます」とFacebook上で宣言してもらい、その宣言を見た人たちに「自分も行ってみよう」という気持ちになってもらうことが狙いでした。

一人ひとりのアクションは些細なものでも、それをうまくまとめて見せることができれば、同世代の人たちに何らかの影響を与えられるのではないかと思っていたんです。また、自分たちが普段の仕事と全く関係ないところでそういった活動をしていることで、周りの友人や知人に対しても、ポジティブな印象や影響を少しでも与えられたらと考えていました。

もちろん、たったひとりが頑張ったからといって、すべてが簡単に変わるということはありません。しかし、大局的には意味がなさそうに見えても、一人ひとりの態度はほかの人に少しずつ伝染していき、その積み重ねが社会を動かしていく。逆に言えば、そのようにしてしか社会を変えることなどできないと思います。

このキャンペーンを通じて、同世代の仲間と一緒に社会をより良くするためのアクションに関われたのは、とても大きな経験でした。そして、この頃から、どんなに小さくても、社会を良くするためのアクションをしている個人や団体を応援したいと考えるようになりました。

その後に転職した先のGoogleでも、メインのマーケティング業務と並行して、「Google for Nonprofits」という非営利団体向けの支援プログラムを日本に導入するプロジェクトに携わりました。Googleの様々なツールをうまく活用することで、リソースに乏しい非営利団体の活動をサポートしていくことが目的でした。

ただ、数多くの団体に対して、広くツールを提供するというプログラムの性質上、それ以上の深い関わりを持つのがなかなか難しいという問題意識も持っていました。新しいツールを活用するスキルを団体にしっかりと埋め込むような、より深い支援のあり方はないものだろうか、そんなことを考えていたんです。

自分の価値観を埋め込んだNPO支援プログラムをつくる


そんな時、スマートニュースと出会いました。スマートニュース共同代表の鈴木健さんは思想家でもあり、学生時代から本や研究を通じてその存在を知っていました。彼が経営する会社であれば、さらに踏み込んだこともできるかもしれない。そんな期待もあって、スマートニュースに移ることを決めました。

入社を決め、ふたりの創業者と食事をしていた時に、「スマートニュースに入って自分なりにやってみたいことはありますか」と聞かれました。そこで、渡りに船とばかりに、「NPO支援プログラムをつくりたい」という話をしたんですね。すると、すぐに話は盛り上がり、ちょうどその翌月からスマートニュースの広告事業を立ち上げるタイミングだったこともあって、NPOへの広告枠の無償提供を主軸とした支援プログラムの企画を任せてもらうことになりました。

そして、2015年9月に第1期をスタートしたのが「SmartNews ATLAS Program(スマートニュース アトラス プログラム)」というNPO支援プログラムです。コンセプトは、「社会を変える力を、アップデートしよう」。「狭く深く」ハンズオン型の支援を提供することで、プログラム終了後もNPOの担当者のうちに残るモバイルマーケティングのスキルと経験を提供できればと考えています。

第1期メンバーは10のNPOを全国から募集し、100万円分の広告枠を無償で提供します。加えて、コンセプトに共感してくれた5つのパートナー団体とともに、課題や活動の認知拡大、活動資金の調達、イベント集客など、それぞれの目的に沿ったランディングページの制作までを包括的にサポートする、実践型のプログラムです。

一つひとつのNPOが取り組む問題は、ニッチに見えるものも多いかもしれません。そもそも、問題の当事者からすれば、それは社会問題である前に個人的な「不自由」の問題です。

だからこそ、NPOのマーケティングにおいては、そうしたニッチで個人的な不自由を、「同じような問題を抱える人たち」、そしてそうした人たちと共に生きている私たち自身の「社会問題」として、この社会のどれくらい遠くまで、熱量を保ちながら届けられるかが肝になると考えています。

ニッチな問題をニッチなままに留めることなく、世の中のメインストリームにきちんと乗せていくためにはどうすればよいか。プログラムを通じて一緒に試行錯誤していきます。

自分たち自身で社会をつくり変えていくために


この社会に無数に存在する「不自由」を、誰かひとりが一気に解決することはできません。それぞれの「不自由」の現場に、適切なスキルと熱い気持ちをもって解決に臨むプレイヤーが必要です。

そうしたプレイヤーを少しずつでも増やしていくために、私は、「自分たち自身で、自分たちの社会をより良いものに変えていけるし、変えていくべきだ」というポジティブな感覚を、社会のなかでじわじわと広げていきたいと考えています。

私はこの感覚を「公共性の感覚」と呼んでいます。日々のニュースで流れていく大小様々の社会問題を、他人事として捉えるのではなく、自分がその解決に携わるひとりの主体として考える、そんな社会をつくっていく必要があります。

今は、アトラスプログラムに個人としても会社としてもしっかりとコミットすることで、参加団体だけでなく、スマートニュース以外の企業や団体、個人を少しずつ触発していきたいと願っています。

社会で働き始めてからこれまで、自分の「公共性の感覚」と日々の仕事との間でどのようにバランスを取ればよいか、ずっと迷いながら模索してきました。今はこのスマートニュースという会社で、アトラスプログラムという具体的な形を通じて、ひとつのバランスを見いだせているような気がします。

ただ、もちろん、これで終わりだとは思っていません。何らかのテキストとして残るものは書いていきたいですし、そして、ゼミは今でもやってみたいことのひとつです。

2015.10.29

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