鹿児島県の田舎で生まれました。木登りをしたり魚釣りをしたり、トカゲを捕まえたりして遊ぶ山猿のような子どもでしたね。ずっと外に出ていてほとんどテレビを観なかったので、あまり世の中を知りませんでした。

成績が良かったので、学校では友達に頼まれてよく勉強を教えていましたね。相手がわかるようになるとうれしくて、将来は教師になりたいと思うようになりました。

中学校の社会の授業で、世界で活躍する日本舞踊家が来て講演してくれました。話を聞く中で、いろいろな国に友達がいるのが印象的で、うらやましいなと思いました。

また、身につけていたオシャレなカバンが、海外の職人さんに作ってもらったものと聞いて、私の知らない世界を知っているその人がキラキラ輝いて見えたんです。同時に、鹿児島しか知らない人生はもったいない、もっと広い世界を見てみたいと感じました。

すぐに思いを行動に移し、翌年、鹿児島県の交換留学プログラムでアメリカに1カ月ホームステイしました。滞在中、特に印象に残ったのはホストファミリーや現地の方とのお別れ会でした。私が浴衣を着て参加すると、現地の子どもたちに「日本文化をもっと教えて」と言われましたが、答えに詰まってしまいました。紹介できるほど知っていることがなかったんです。

世界を知る前に、まずはもっと自分の国を知らなければと思いました。大学生になったら絶対に上京して日本を知ろうと決め、県内の進学校を卒業して教育学部がある首都圏の大学に進みました。