埼玉県で生まれ、2歳のときに千葉県市川市に移りました。父は、昭和気質全開の性格で、よく一緒に仁侠映画やボクシングの試合を見ていましたね。周りの友達がアニメのヒーローに夢中だった頃、僕は次第に任侠映画に出てくる役者やボクサーに憧れるようになりました。

小学校3年の時にはグローブを買ってもらい、ボクシングを習い始めました。放課後や休みの日に父とスパーリングをしていたのですが、手加減をしない父のパンチをまともに食らって鼻血が出たり、目がクラクラするまでボコボコに殴られたりしました。おかげで腕っぷしが強くなりましたね(笑)。

また、弱いものいじめはしない、困っている人がいたら手を差し伸べる、仲間がいじめられたらお返しをする、という考えも沁み込んでいきました。「友達の弟が隣の小学校のやつにいじめられた」と聞いたら、いじめた子がいる学校に乗り込むこともありました。

それがきっかけで、親と校長室に呼ばれて、全学年の生徒から集めた「小野寺くんにされて嫌だったこと」のリストを延々読まされたり、休学処分や別室で特別授業を受けたりしましたね。

中学や高校に入ってもやんちゃな性格は変わらず、特に高校では地元の違う人たちが大半の環境だったので、お互いなめられるわけにはいかないと争い事ばかり。争うごとに仲間が増え、まるで漫画のような学生時代でした。

正直、素行はとても褒められたものではありませんでしたが、交友関係は広く「この人面白いな」と思ったら仲良く遊んでいました。オタクでゲームが得意な仲間や、やんちゃでバイクの改造が得意な仲間、バンドマンで楽器が得意な仲間、勉強が得意な仲間。小さな仲間の輪がたくさんあることで、色んなつながりが増えていって、混じり合わない仲間同志が仲良くなっていき、いつの間にか身内での争い事は無くなっていました。