大学付属の高校に入学すると、起業家だった父が手がけていた事業の一つ、不動産業を手伝うようになりました。任せられたのは、所有しているアパートの入居率を上げること。父は最初にたくさんのビジネスプロセスを目の前で見せてしっかりと指導してくれた上で、すぐに独り立ちさせてくれました。

それからは、ヒントはくれるけれど、指示されることはなかったです。だから本気で努力して工夫して、自分のやり方を見つけるしかありませんでした。とにかく営業が怖くて成果も出ず、苦しんでいた自分に対して、父はこんな言葉をかけてくれました。「男の価値は、どれだけ辛くて眠れない夜を過ごしたかで決まるんだ」。この言葉で、苦しんでも前を向くことができるようになりました。

賃貸情報サイトなどのサービスはまだない時代。アパートを借りたい人は直接不動産管理会社に行き物件を探していました。高校生なのでビジネスや不動産業界の仕組みもわかりませんでしたが、自分なりにどうアプローチしたらいいのか考えました。

まず、近隣エリアの不動産管理会社にアプローチをかけることに。空き部屋が出たらファックスやメールで伝えるという、地道な営業を行いました。

世間知らずですから、うまくいかないことも多くありました。名刺交換もろくにできず管理会社から「子どもが営業にくる」と嫌がられたこともありましたし、アパートの入居者のクレームを受けて苦労することもありました。辛かったですが、それでもやめることはありませんでした。

「絶対に諦めない」ことが我が家の家訓だったんです。父も母も、諦めさせてくれません。「どんなことでも、本気でやり抜けば、必ず成功する」と言われていました。父は怖くて、怒られてかなり辛い思いをすることもありました。ただ、一方で父は人のモチベーションを上げる天才でもあったので、褒められると嬉しくて。達成感も味わっていたので、辛くても取り組めたんですよね。

学校を切り上げて営業に行く生活を、大学4年生まで続けました。その頃から父を「社長」と呼ぶようになりました。続けるうち、だんだん父とビジネスをする上での志が重なって、同じ方向を向いてビジネスをしている感覚を得ることができました。父は人生における最高の上司で、神様のように絶対的な存在でしたね。