がん患者の意思決定を支える。緩和ケア医がデザインする新しい社会の仕組み。

緩和ケア医として、がん患者の意思決定を支える横山太郎さん。医療活動のほかに、様々な人が集まり悩みを相談し合える場づくりとして、Co-Minkanなどの社会デザイン活動も展開しています。誰もがより良い選択をするために、横山さんが目指す社会とは。お話を伺いました。

横山 太郎

よこやま たろう|緩和ケア医・メディカルデザイナー
横山医院緩和ケア内科・腫瘍内科医師。育生会横浜病院でも勤務。Co-Minkan普及実行委員会共同代表、中高生と10年後の未来を考えるプロジェクトIndicocrea(インディコクリエ)代表理事。他に神奈川地域医療を考える会幹事、死の臨床研究会関東甲信越支部役員を務める。

開業医の3代目として生まれる


神奈川県横浜市で育ちました。祖父から2代続くクリニックの長男で、弟と2人と妹が1人の4人兄弟です。父と祖父はめちゃくちゃ怖くて、よく怒られました。勉強には特に厳しく、直接「医者になれ」と言われることこそなかったものの、将来は医者になるものだろうと潜在的に思っていました。

中学生の頃はドラマーとして売れて、お金持ちになりたいと夢見ることもありましたが、高校生になる頃には、音楽で食べていくのは難しいと現実がわかってきました。その頃から、漠然とですが、「きちんとお金を稼げるなら医者になるのもいいのかな?」と思いはじめました。

しかし、世間一般的に「三代目は家を潰す」と言われていたので、医院を継いでもうまく運営できず潰してしまうのではないかと気にしていました。ある日、それを見かねた祖父に呼び出ばれ「お前はカネカネ言いすぎる」と注意されました。その一方で「皆が困ってることをやっていれば、自然とお金は後からついてくる」と言われました。その言葉が心に残り、自分がやりたいことではなく、人に求められていることをした方がいいかもしれない、と思うようになりました。

祖父は、僕が高校生の頃に肺がんで亡くなりました。葬儀には大勢の参列者が並びました。葬儀に来ていた祖父の患者からは、「この町の私たちを看取るのはあんたなんだから、もっとちゃんとしなきゃだめよ」と言われました。祖父とクリニックが、この町の人々にとって大きな存在で、必要とされていることを強く感じたんです。

祖父の言葉の意味が、なんとなくわかった気がしました。求められることに応えるため、医者になることに決めました。

緩和ケア医を目指す


高校卒業後、一浪して埼玉県にある私大の医学部に入りました。アメフト部に入り、部活漬けの毎日を送っていたので、勉強はあまりしていませんでした。

ただ、5年生になると実習が始まり、患者さんと接することになりました。調子が悪い中、実習を受けてくれているのに、勉強しなくては失礼だと強く思いました。それに、患者さんから何もできない医学部生だと思われるのも嫌で、そこから猛烈に勉強をするようになりました。

すると、学んだことが、実際の治療で役立つようになったんです。成績が上がること以上に、「ありがとう」と言われたり、教授が僕の提案した方法を採用してくれたりすることにやりがいを感じました。それがモチベーションとなって、今まで特別だった勉強が、だんだん習慣的に身についていきました。

学生の頃は、循環器内科の医師になろうと考えていました。自分が不整脈だったこともあって、関心があったんです。しかし、実際に研修してみると、切迫した状況で繊細な手技を求められる循環器科は、自分には向いていないと感じました。それまでの自分を振り返ってみても、ここぞという勝負どころで必ず成功させられるタイプではなかったので。手術や手技が主体の医者になるよりも、もっと長期的で慢性的なものを診ていく方が向いているのではないかと思いました。

精神科やリハビリなどに興味を持ちましたが、最も興味を惹かれたのが、がんの緩和ケアでした。緩和ケアは簡単に言うと、患者やその家族の身体的、心理的、社会的な苦痛を和らげて、生活の質をよりよいものにするアプローチのことです。研修の中で実際に腫瘍の患者と話し、コミュニケーションをとりながら治療していくことにやりがいを感じたんです。

患者にとって、治療のためにとるべき選択肢は1つかもしれないですが、それをただ医者が伝えても意味がない。本人が自分で考えた上で、選択しなくてはいけないんです。そのためには一方向ではなく、双方向のコミュニケーションが必要とも感じました。

患者に問いかけをすることで、相手がなんとなく思っていることを自覚させ、選択しやすくなるように心がけていました。そうやって接していくと、治療のための薬を増やすことに頷いてくれない患者さんが、イエスをくれることがある。もしかすると、僕でも役に立てることがあるかもしれないと思いました。

また、実家のクリニックのことを考えたとき、地域にもがんの患者は多く、緩和ケアのニーズがあると考えました。国費で賄われている医者である以上、学んだことは社会に還元する必要があるとも感じていました。それらの想いから、緩和ケア医を目指すことにしました。

緩和ケア医になる前に、治療する人の気持ちも知っておいた方がいいと、恩師の先生から治療医になることを勧められました。そこで、がん全体のことを学ぼうと、大学内の医療センターの腫瘍内科に入局しました。

早期緩和ケアの必要性


腫瘍内科で働く中で、治験医として薬の開発に携わるようになりました。抗がん剤の開発のための臨床試験には、3つの段階あります。フェーズ1は、人間に対してどこまで薬が投与できるか調べる段階。フェーズ2は、フェーズ1をもとに、薬の効果があるかどうかを調べる段階。フェーズ3は、新薬を既存の治療や偽薬と比較し、効果を調べる段階です。

フェーズ1では、治療の効果というよりは副作用を見るのですが、患者さんは「先生、効くよね?」と質問してきます。何かにすがりたい気持ちがあるわけです。相手が理解して質問をしているのか。それとも、理解がなくそう質問しているのかを探る毎日でした。そして、もっと早い段階から継続的に治療や病状を話し合う必要があると感じました。

そこで、6年目に緩和ケア内科に移り、早期緩和ケアをはじめました。緩和ケアの専門家でつくるチームが診断早期から介入して、意思決定の支援、関係性づくり、家族のケアなどをすると、患者の生活の質が上がり、苦痛を減らすことができるんです。

ただ、複数の医療者が介入するので、その分お金がかかります。そこで、緩和の専門家だけでなく、病院のスタッフや地域の医療関係者などでも早期からの緩和ケアをするためのマニュアルの策定に取り組みました。

一方で、患者の人生の意思決定支援をするのに、医療関係者だけでは難しいことも実感しました。亡くなっていく人やその家族に対して、医療者側の人生経験が足りずにケアしきれない部分があるんです。子や孫と別れる苦しみや、配偶者や親を亡くす悲しみって、経験していない人がいくら分かろうとしても、理解しきれるものではありません。

それに、意思決定をするのは、最終的には本人。いくら周りが支援しても、本人が選択できる状態をつくることは不可欠です。患者さんにとって必要な緩和ケア、意思決定支援を広げていくためには、病院だけでは難しいと感じました。

そこで、治療を受ける市民側に働きかけることを考えはじめました。市民一人ひとりが、自分の人生や医療に関して学び、自ら意思決定できるようになればいいのではないかと思ったんです。

市民の意思決定の力を育てる


まずは、医療現場を出て、子どもの教育からはじめようと思っていた時に、文部科学省から職業体験をテーマにした中高生向けの委託事業の話がありました。そこで、中高生が医療現場を実際に見て、明日から自分にできることを考える「10年後の未来を考えるプロジェクト」をはじめました。医療者の話を聞いたり、医療現場に実際に行く機会を作ることで、医療に対して理解を深め、自分にできることを考えてもらうプロジェクトです。

プロジェクトを続けていくと、中高生から「考えるだけでなく、実際にアクションを起こしたい」という声が出てきました。何かできないかと考えていた時、アメリカの「レイナビゲーター」という存在を知りました。

レイナビゲーターは、医療者だけでなく市民が一緒になり、がん患者に伴奏するシステムです。まずは、がんの専門家が市民に患者との関わり方や病気ついて指導します。そのトレーニングを終えた市民が実際にがん患者に付き添ってケアをするんです。レイナビゲーターを導入したことで、緊急入院が減り、患者の満足度が上がり、医療費が20億円下がったという報告がありました。

これはすごいと思いましたね。意思決定支援に必要なのは、医療的な知識だけではないので、医療関係者以外の様々な人に関わってもらった方が、質的も高まるはずなんです。これなら、医療現場で感じた早期緩和ケアの課題を解決できると思いました。

日本でもレイナビゲーターを育成したいと思うようになりました。ただ、医療に閉じたコミュニティだと、多くの人と一緒に行うことは難しい。まずは、いろいろな人が集まって、お互いの悩みを相談し合うことができるような場所や場をつくる。その一つとして、意思決定支援に関わるようなテーマを話せたらいいのではないか。そこで思いついたのが、公民館をリデザインすることでした。

公民館って「社会教育」のための施設なんですよ。公民館に、人が集まり、様々なテーマについて学び合う場所をつくろうと思いました。何かに悩んだ時、「これでいいのかな」と不安に思いながら選択するのではなく、いろいろな人が集まって「これでいいのだ」と自信をもって選べるようにしたいと考えたんです。

その思いを知人に話したところ、社会教育に携わる人たちと知り合うことができました。そこで、既存の公民館の機能としてあった「つどう」「まなぶ」「むすぶ」を3つの大きな機能にし、現代的な私設公民館「Co-Minkan(コウミンカン)」をつくることに決めました。

建物としての施設をつくるはわけではありません。カフェや公園などさまざまな場所で人を集めて開いてもらえるような仕組みをつくり、それを全国に広めていこうと。

患者と社会との関わり方をデザインする


現在は、緩和ケア医として患者さんと向き合うかたわら、「Co-Minkan」や「10年後の未来を考えるプロジェクト」のように患者と社会の関係をよりよいものにするための活動に取り組んでいます。

医者としては、勤めていた病院をやめて、週に1回地域包括ケア病棟、療養病棟、一般病棟で働きながら、残りは実家のクリニックで働いています。緩和ケアの病床は、日本には7500床程度しかありません。そして、60%のがん患者さんは拠点病院以外の病院で無くなっています。一方で、その拠点病院には緩和ケアの専門家がいないことが多いという報告もあります。そこで、この患者に向き合う仕事がしたいと思い、実家のクリニックで在宅医療を行いながら、がん拠点病院以外の病院で働くことにしました。

それに、将来クリニックを継承すると決めたなら、できるだけ早く患者さんと触れ合った方がいいと思ったんです。地域の病院を継ぐって、仕事内容だけでなく、患者さんの生活の歴史も継承する意味合いがありますからね。

Co-Minkan事業は、まだ始まったばかりなので思いや考えを広げながら、いろいろな人が集まって相談し合える環境をどんどん増やしたいです。

現在のCo-Minkanは、いろいろな人が集まる場所で、特に医療に特化してはいません。ただ僕は医者なので、この事業での役割として、がん患者を支えるレイナビゲーターのような仕組みづくりをしていきたいと思っています。日常の何気ない健康の悩みや課題から病気の話をするところからはじめて、「レイナビゲーターをやりたい」という人が集まってくるような場をつくっていければと思っています。それができたら、この地域だけでなく、どの地域でも通用するような普遍的な部分は何かを明らかにしていきたいですね。

これらの活動を通して、「非医療者も含めた様々な人が意思決定支援を行う体制」を実現したいと考えています。そうすれば、お互いの知恵や知識、経験をシェアし合う社会になるのではないかと思います。

もちろん、意思決定のために医療的な知識が必要になることもあるので、誰でも医療情報にアクセスできるようなツールも開発しています。在宅医をしていると、たくさんの患者を診る必要があって、十分な診療時間をとるのが難しく、説明だけで終わってしまう可能性もあります。そこで、治療や病状などの情報を分かりやすくまとめたものと、同じ経験をした患者の声を集めたものと2つに分けて、映像や図で説明できるツールを作ろうとしています。診療の中で説明だけして「考えといて」ではなく、一緒に考えるところから診療をはじめるようにしたいです。

僕は自分自身を、「メディカルデザイナー」だと思っています。病気になった人が社会の中で生きていくためには、患者と社会との関係を新たにつくっていくことが重要だと考えています。これまでの医療者は、病気を治すことには力を尽くしてきましたが、患者が再び人や社会と関わって社会性を取り戻すところまではアプローチがなかったように思うんです。

よく病気の反対は健康と言いますが、僕はそうではなく、病気の反対は完治で、健康の反対は不健康だと考えています。健康は、身体的、精神的、そして社会的に完全な状態のこと。これからの時代、本当に健康であるためには、病気を完治させるための身体面、精神面への治療だけでなく、社会的なサポートが求められています。今は、緩和医と社会活動を一緒に行う医者は珍しいかもしれないけれど、健康に対してアプローチしていく上では必要なことなんですよね。ゆくゆくはこれが普通の医療者の姿になるといいなと思います。

そして、社会とつながりができることで、患者の意思決定もよりよいものになっていくと考えています。医療現場だけではなく、社会の中で治療や病気に対する知識や学び提供し、いろいろな人と相談し合える環境をつくることで、自分の選択ができるようになるんです。個人がよりよい選択をできるような場作りをしたり、支援するのが僕の仕事。Co-Minkanのテーマにもあるように、誰もが「これでいいのだ」と意思決定できる社会をつくっていきたいです。

2018.06.08

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