シリアのダーラにある、マハッジャという街で生まれました。一人っ子だったので、家族や親戚からは過保護に育てられました。何をしても悪いことをしていないか見られていて、あまり自由がなく、厳しく育てられたように思います。

小さい頃は、おとなしく勉強をしていることが多かったですね。家族とハイキングに出かけたり、友達とメールでやり取りをしたりもしていましたが、子どもの頃は我慢ばかりしていた記憶があります。

将来はエンジニアになりたいと思っていました。身の回りはテレビや携帯電話、パソコンなどテクノロジーが詰まった製品にあふれていて、それは生活にとって必要不可欠なもの。僕も、生活を便利にするようなものを作りたいと思っていたんです。

特に、スマートフォンは素晴らしい道具だと思っています。ありとあらゆる情報に即座にアクセスできるので。プログラミングなど、もっと複雑なことをする時はノートパソコンを使いますが、普段の生活はスマートフォンがあれば済んでしまいますから。

また、将来の夢を持ち始めたのには、叔父がエンジニアとして働いていた影響もありました。叔父がなれるなら、同じ血を引いている僕にもエンジニアになる才能があるだろうと、確信があったんですよね。

将来のためのに、学校での勉強はしっかりしていました。特に、高校時代に週1回あったパソコンのクラスでは、常にトップの成績でした。毎週の授業が待ち遠しかったですね。他の教科でも高得点を納めていたので、高校卒業後はエンジニアリングを学ぶ大学に入学できることが決まっていました。

そんな時に、シリア内戦が激しくなり、一時的にヨルダンに逃げることになったんです。2013年、18歳の時のことでした。