フランスの首都パリで生まれました。当時は、第一次世界大戦と第二次世界大戦の戦間期で、生活は貧しかったですね。私たち家族が住む小さなアパートに子ども部屋はなく、家族三人で一緒に寝ていました。

ドイツのフランス侵攻後、国内ではドイツの意向が強く反映された政策が進められ、フランスでは自由を求める市民の活動が活発になっていました。鉄道員だった私の父は、ファシズムに対抗するレジスタンスの活動もしていました。

14歳の時に、父に連れられて、子どもの国際チャリティキャンプに参加しました。そのキャンプには、スペイン、イタリア、ドイツなど独裁政権下にある国で生活に苦しむ子どもたちが参加していました。

話をしたり、アクティビティをしたりと、一緒に過ごす中で彼らとの間に団結心が芽生えていきました。国や文化を越えて、私たちは手を取り合い団結することができる。その力はとても力強く、何か可能性を秘めているように感じました。

この頃には、父はレジスタンスの活動に集中し、収入はなくなっていきました。やがて、私の学費も払えなくなってしまいました。家族を養うためには、私もお金を稼がないといけません。それに、学校で教わることは役に立たないし、つまらないと思っていました。そういった背景もあり、学校を退学して、ガラス工房の職人として働き始めました。

ガラスづくりの仕事は好きでした。硬い石を削り出す作業は過酷でしたが