挫折もトラウマも背負い、今はリングで輝きたいんです。
国立大学の博士課程に在籍しながら、総合格闘技「修斗」のプロ選手として活躍する岡田さん。アマチュア大会を制覇してプロ入りという華々しい戦績の背景には、度重なる苦悩や挫折がありました。リングの上では決して語られない、25歳のストーリーを伺いました。
闘争本能が掻き立てられる感覚
小中高とサッカー少年でした。中学生頃には、千葉県船橋市の選抜にも所属し、高校でも部活にどっぷり浸かる日々でしたね。もともとスポーツが好きでしたし、みんなでわいわいやるのが楽しかったんですよ。
中高は色々と元気いっぱいな学生だったこともあり、TVの影響で格闘技に関心を持つようになりました。特に、PRIDEという総合格闘技が好きだったんですよね。
なんというか、TV越しに見ていても、闘争本能が掻き立てられる感覚があり、あの男臭い感じがカッコいいなと思ったんです。何度か試合に足を運んだこともありました。
高校3年を迎えると、大学生にはなりたいけど、興味がないことはしたくないという思いがあり、ずっと自分の生活の中心だったスポーツを扱う学問を学ぼうと決めました。ただ、家が母子家庭だったこともあり、行くなら家から一番近い国立大と決めていたので、ものすごく勉強しましたね。
受験に落ちたらもう働こうと決めていました。ここまで勉強してだめなら、大工でも鳶でもなってやると思っていましたよ。
大学の合格発表は高校の卒業式の日でした。自分は式に参加して母が見に行ったのですが、卒業式後に電話がかかって来て、「合格」が告げられたんです。
努力した分すごく嬉しかったですね。その場で仲間に胴上げしてもらったのを覚えています。
まるで「詰め将棋」でした
大学に入ってからは、格闘技をやろうと決めていました。大学近くの総合格闘技の道場の門を叩いたのは、大学生活にも慣れ始めた一年生の後期のことでした。 入会当日のことは今でも鮮明に覚えています。
代表の鶴屋さんにマンツーマンで指導してもらったんです。本人は覚えているか分からないんですが、練習後に「頑張ったらプロになれるぞ」と言ってもらったんですよね。世界チャンピオンを輩出した方から認めてもらえたことがすごく嬉しくて、ニヤニヤしながら帰ったのを覚えています。
ただ、大学一年の頃は友達と遊んだり、彼女と遊んだり、本腰を入れていなかったんですよね。楽しくやってるという感じで、選手志向ではなかったです。
格闘技と向き合う温度が変わったのは大学2年になってからでした。同じジムの先輩で、元世界チャンピオンの指導をうけるようになったんです。
これが衝撃だったんですよね。それまでは、腕力でねじ伏せるイメージだったのが、筋道を立てた技術を教わったんです。まるで「詰め将棋」でした。そして、その先輩の後押しで、「試合に出場し勝つ」という目標を決めたんですよね。
段々練習に熱が入り、友達の誘いも断るようになっていきました。
プロになるまで辞められない
大学2年の冬、「修斗」という総合格闘技のアマチュア戦で、初めて試合のリングに立ちました。めちゃくちゃ緊張しましたね。「速攻でKOしてやろう」と、鼻息粗く試合に望みました。
ところが、力み過ぎていたこともあり、大振りのパンチばかりで体力が切れてしまい、反撃を受けて負けてしまったんです。試合後はキツかったですね。酸欠で苦しいし、トイレで吐くし、もう辞めようかなと思いましたよ。
でも、負けたことが悔しかったんですよね。周りの方の励ましもあり、悔しさを原動力に、より一層練習しました。
次の試合は、出場歴の浅い選手が集う「フレッシュマントーナメント」という大会だったのですが、迎えた一回戦、「腕ひしぎ逆十字固め」という技で初勝利を挙げることが出来たんです。
まさに練習で積み重ねて来た、理詰めの勝ち方でした。めちゃくちゃ嬉しかったですね。そして、勢いはとどまらず、なんとその大会で優勝することが出来たんです。デビュー戦のトラウマを抱えて臨んだ大会を、最高の形で終えることが出来ました。
そこで波に乗ってからは、アマチュアの最高峰の大会で、上位にはプロのライセンスが付与される「全日本選手権」という大会に標準を合わせるようになりました。
なんだか、途中でスイッチが入ったんですよね。プロになるまでは辞められない、そう思うようになったんです。大学卒業後も時間を設けられるよう、大学院に進学することを決め、練習に熱を注いでいきました。
迎えた全日本選手権、減量や練習をかなり追い込み、これでダメなら、プロになる器じゃないという危機感で大会に臨み、優勝を勝ち取ることが出来たんです。
代表や元チャンピオンの指導者の先輩など、憧れる人の背中を追って、アマチュアで優勝してプロになることができました。
新人王トーナメント
ところが、晴れて上がることになったプロのリングは、想像以上に厳しい世界でした。「修斗」のプロデビュー戦、多くの人がお金を払って見に来てくれたのにも関わらず、結果は引き分けでした。友達もたくさん応援してくれたのに、すごく申し訳なかったです。
それからは、中途半端な気持ちではダメだと思い、その年の新人王トーナメントに全てをかけることに決めました。
大会に向けてそれまで以上に練習し、減量もストイックに追い込みました。新人王にすらなれないのなら、プロの世界で上を目指せないんじゃないかという危機感もあったんですよね。
「ここで勝てれば死んでもいい」そんな気持ちで臨んだ新人王トーナメント、結果は準優勝でした。新人王をかけた決勝は、完敗でした。色々な思いをかけていた分、正直かなり堪えました。
本当に、めちゃくちゃ泣きました。口には出しませんでしたが、格闘技をやめることも考えましたね。
ワガママ言って、全力で格闘技をやろうと思うんです
トーナメント敗退後、半ば腐りそうになっている自分がいました。自覚はなかったですが、周りにも伝わっていたのかもしれません。代表から、「やめるって言うのは簡単だぞ」という言葉をもらったんですよね。そして、すぐに次の試合を組んでもらったんです。
そして、再起を掛けた一戦、僕は勝利を収めることが出来ました。本当に、喉から手が出るほど欲しかった白星でした。
決して満足できる内容ではありませんでしたが、苦しい時期を乗り越え、もう一度スタートを切ることができたんですよ。
年齢的に、身体能力のピークを迎える20代は、格闘家として上を目指そうと思っています。最終的な目標はベルトを巻くことですが、今はそんなことを言える立場にないので、もっともっと鬼になり、上を目指そうと思っています。結果を出すことで、支えてもらっている人に恩返しがしたいんです。
自分の納得する結果が出せたら、次のステップに進もうと思っています。格闘技だけの人間になりたくないという気持ちもあり、この春、大学院の博士課程に進学しました。運動生理学という分野の研究をしており、学問にも関心があるんですよね。格闘技の現役を退いてからは、教授を目指そうかな、とも考えたりしています。
将来は全然関係ないことをやってみたいです。だから、それまではワガママ言って全力で格闘技をやろうと思うんです。
2014.04.24
編集部おすすめ記事2019.10.11
編集部の伊藤です。秋は悩みの多い季節と言われます。例えば、ファッション。先週真夏日があったと思ったら、今週は台風到来と秋は天気が激しく変わるので、何を着るか悩みますよね。でも、そこで無難なファッションを選ぶと気分が上がらない。ファッションが心理状態に与える影響の大きさは様々な研究が示していますが、実はanother life.にもその実例があるんです。今回は、ファッションをきっかけに自分に自信がついた3名のストーリーをご紹介します。ぜひご覧ください。
寝たきりの17歳と社会を繋いだファッション。恩返しのためにパイオニアとして切り拓く道。
ファッションを通じて自信を取り戻してほしい!コンプレックスをチャームポイントに。
人生にBefore/Afterを!「短髪・体育会・ジャージが私服」だった私だからできること。