愛知県名古屋市の出身です。生まれた時に、脳性まひと診断されました。僕の場合、ハイハイをするようになってから、下半身がうまく動かせないことがわかったようです。とはいえ、僕にとってはそれが自然なこと。やがて立ち上がるようになると、全身を振り子のように揺らして反動を付けて歩くようになりました。

小学校は両親の希望で、特別支援学校ではなく、地元の普通の学校に通いました。自分が他の子たちと違うことに気づき始めると、何をするのも億劫になることもありましたね。4年生で部活に入るときも、野球がしたいのに、無理だと思って諦めようとしました。すると、友達が「一緒に野球をしよう!」と誘ってくれたんです。「ユースケの分は僕たちが走るから一緒にやろう」と。その言葉が、すごく嬉しかったですね。不安より、みんなと野球がしたいという想いが勝って、野球部に入りました。

野球を始めると、自分で言うのもおこがましいのですが、意外にも自分が運動神経が良いことがわかりました。(笑)歩くのは苦手でも、ボールを投げたり、打ったりするのは上手にできます。試合では、打ったら頑張って一塁までたどり着いて、そこから代走を出す形でプレーしました。「体を鍛えたら、他の子たちに勝てる!」と信じて、校庭でみんなが走り込みをする横で、ひたすら腕立てや懸垂をしていましたね。

中学の野球部では、上半身を鍛え上げていたので、まわりのメンバーよりも球速は速いくらいでした。それでも、全然試合には出られないんです。高校も野球部に入りましたが、自分が活躍できないという現実しか見ることができずに挫折してしまいました。その後、障がい者野球に移ったんですが、世界大会の試合を見に行った時に全ての選手が走っているのを見て、やっぱり野球は走れないとダメなんだと痛感しました。

走ることさえできれば大活躍できるのに。悔しくてしかたありませんが、野球の世界で輝けない以上、野球をやる意味を見いだせなくなってしまいました。