大学でさっそく剣道部に入ったのですが、先輩達と剣道に対する考え方が合わず、剣道部を去ることにしました。他にすることはないか迷っていたとき、友達からバンドを始めないかと誘われました。

音楽なんてやったことなかったんですが、暇つぶしにはいいかなと軽い気持ちで参加しました。バンド名は「Bivettchee(ビバッチェ)」。楽器が弾けない、声がデカイという理由でボーカルになりました。

メンバーもみんな素人なので、まずは有名なバンドの曲をコピーしようという話になりました。でも、なんで人の曲をやるのか理解できませんでした。それなら俺が作ったる!と、ギターを手に、なんの知識もないまま曲作りをスタートしました。

簡単なコードを組み合わせて、鼻歌みたいな感じでの作曲。部の発表会で披露すると、観客みんなポカーンとした顔。そんな反応を、「みんな俺らに圧倒されてるぞ!」とものすごいポジティブに捉えてましたね。一度人前で披露した曲はもう演奏できないと勘違いしていて、その後もひたすらに曲を量産しました。結果、たくさんのオリジナル曲ができました。

バンド活動が楽しくて楽しくて、この頃にはもう剣道への関心は薄くなっていました。次のライブに向けて、曲を作り、メンバーと練習していく。誰かと一緒に目標を目指すことが、すごく楽しかったですね。

それから、ライブハウスに営業をして回るようになりました。バンドを結成すれば、自然にオファーが来ると思っていたんですが、先輩から「自分たちで営業するんだよ」と言われて動き出しました。

ライブを開催するには、チケットをノルマ分売らなければいけません。売れなければ、自腹で支払うことになります。その頃はバブルの影響で、1回30分公演で4万円以上のノルマがありました。でも、チケットは全然売れません。他のバンドも同じ状況で、一体誰のためにライブやってんだろうと疑問を感じていました。

とはいえ、ノルマ以上を売り上げたら、自分たちにチャージバックされる。新規顧客さえ集められばいいんです。そこで考え出されたのが、「飲み会大作戦」でした。

他のバンドと飲み会で仲良くなって、お互いのライブを見に行くネットワークを作りました。これが功を奏して、気がつくとアマチュアバンドでは広島で一番の集客になりました。チャージバックされたお金を飲み会にあてて、練習そっちのけで飲み会を開きましたね。自分のアクションが誰かを喜ばせられる。それがすごく嬉しかったです。

広島にも、デビューして東京で活躍する先輩バンドがたくさんライブツアーで来ていました。彼らのライブでオープニングアクトを務める機会が増え、次第にプロとしての活動への憧れが強くなりました。オリジナル曲もたくさんあるし、東京でだってやっていけるはず。でもこれから就職活動が始まる時期。メンバーと相談して、在学中にデビューが決まったら、音楽の道に進むことを決めました。

その後は就職活動と並行して東京進出を目指してオーディションを受けました。