北海道空知郡(そらちぐん)に生まれました。祖父の代から国内首位のシェアを誇る炭鉱を経営する家庭に育ち、小さい頃から商売を身近に感じていました。親から「自分で稼げ」と言われて育ち、仕事を手伝い、対価としてお金を受け取ることが習慣に。遊んだ帰りに友達がお小遣いでジュースを買っていても、自分だけ水道水を飲んでいました。そもそも、お小遣いという制度があることを知りませんでしたね。

小学生の頃から音楽が好きで、中学1年でCornelius(コーネリアス)を聴いてビビっときてからは、ドラムや作曲を始めました。音楽を通じて色々な世界を表現できることや、演奏している人も聴いている人も幸せになることが心地良かったですね。高校生になってからは、メロコア系に傾倒し、バンド活動に力を入れていきました。

高校時代、周りの同級生はアルバイトをしていましたが、私は実家の会社の財務経理の仕事をしていました。そこから、商売とはどういうものなのかや、会社が生き物であることを実感として学びました。ただ、金儲けは大嫌いでしたね。身近にいるからこそ分かる、汚いと感じてしまう部分への嫌悪感がありました。

その反動もあり、将来は国連職員などの公益性の高い職業に就きたいと考えるようになりました。広い視野で、世界の広さを体感したい。世界を股にかけて様々な宗教や文化に触れたい。田舎の炭鉱の息子でいたくない。そう思いました。色々と職業を調べ、世界を股にかけて活躍できる、諜報員(スパイ)になりたいと考えました。映画で見た時の憧れもありましたね。

高校卒業後は、国際経営を学ぶために青山学院に進学しました。大学時代は、犯罪防止ボランティア「ガーディアンエンジェルス」のリーダーとして、渋谷で週3回の街頭パトロールなどを行いました。学問だけできても意味がない、将来世界を相手にする時のために、危機管理能力や交渉力を身につけておきたいという思いからです。犯罪防止だけに、命がけでした。海外では死者が出たこともある危険な活動で、私自身大怪我を負うこともありました。活動に全力で打ち込みましたね。

ガーディアンエンジェルスの他にも、学費を稼ぐため、高校時代の知見を活かして資金調達のコンサルティングを個人で行っていました。ただ、飽くまで目的は生きていくため。商売への関心はなく、友達と遊べて留学が出来るお金があればそれで十分だと考えていました。