私は愛知県名古屋市に生まれました。幼い頃から絵を描くのが好きで、「外で遊んできなさい」と言われても部屋で絵を描いていました。小学校時代は授業中も絵を描いていました。そのせいで教科書は絵で真っ黒。親に見られて「ちゃんと授業を聞け!」と怒られることがよくありました。どんな絵を描いていたかというと、主に人。人の表情です。人柄やその時の気持ちを想像しながら「僕だったらこう描く」という絵を描いていたのです。そんな風にしたあと、友達に見せるのが楽しみでした。

中学生のとき、兄の影響で「夢の祭り」という、三味線を題材にした映画のビデオを見ました。その音色は素晴らしく、「こんなダイナミックな演奏があるのか」と心を揺さぶられ、「三味線を弾いてみたい」と思うようになりました。しかし、近くに津軽三味線を習える教室がなく、どう始めたらいいのか分からず、結局は諦めてしまいました。

その後は地元の高校に進学し、父や周囲の勧めで理系に進みました。大人になった時の仕事をどのように選んでいいのか知識がなく、言われるがまま理系を選択しました。

しかし、次第に「自分の道は自分で決めたい」と思うようになりました。何も知らなかった私は図書館にこもり、様々な分野の本を読み漁りました。そうして、本を探しては読んでいたとき、書棚に並ぶ本のタイトルの中から「デザイン」という文字が目に飛び込んできました。よく読んでみると「デザインの仕事なら大好きな絵を活かせる」ということに気が付いたんです。私はデザインの道に進みたいと思うようになりました。もともと絵を描いてみんなに見せ「どう思うか」「どう感じてどういう気持ちになるのか」を感じるのが好きだったこともあり、多くの人に見てもらい、多くの人がどう思ったかを知ることのできるデザインの仕事は自分にぴったりだと思いました。

工学部工業デザイン学科を専攻し、大学から上京しました。4年後、専攻を活かした道への就職を考えました。しかし、就職活動をしていた際に、ふと「本当にやり残していることはないか」という自分の声がきこえました。私は、歌舞伎などの華やかな舞台の影の力持ちである、「黒衣」に興味がありました。あの人たちを描いてみたいと心の中でずっと思っていたのです。「今やりたいことは、今しかできない」と就職を辞め、大学院に進学しました。2年間、黒衣を描いているとますますデザインの仕事に憧れていきました。2度目の就職活動に臨んだ際、自分のデザインを一番たくさんの人に見せることができる会社はどこだろう」と考え広告代理店を志望しました。卒業後24歳で広告代理店に入社し、デザインの中でも最も幅の広い仕事と考えたアートディレクターの道に進みました。