僕は自然を大切にする生き方を選んだ。環境負荷の小さい農業で持続可能な社会へ。

大学卒業後、外資系金融機関での修行期間を経て農業の持続可能化を目的とする株式会社坂ノ途中を立ち上げた小野さん。仕事とは、自分が大切にしたい価値観を表現し人に共感してもらうことだと語る小野さんはどういった背景で農業を仕事に選んだのか、お話をお伺いしました。

小野 邦彦

おの くにひこ|環境負荷の小さい農業の提案・新規就農者支援
人と自然環境との関係性を問い直し、それを体現するのに自分のルーツである農業に可能性を見出す。
2009年に株式会社坂ノ途中を立ち上げ、環境負荷の小さい農業で持続可能な社会の実現を目指す。

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社会になんて、出たくなかった


僕は奈良県生駒郡斑鳩町という、世界遺産の法隆寺がある片田舎に、四人兄弟の末っ子として生まれました。西暦6世紀ごろには日本の中心だった場所なんだけれど、それから長い年月をかけて少しずつ存在感を失ってきた地域といえるかもしれません。閉塞感を感じていたし、周りの大人に反発ばかりしていました。

僕が中学校に上がる頃、父の糖尿病が悪化してしまい、中学・高校という育ち盛りの時期に、糖尿病患者と同じヘルシーなご飯を食べていました。親は自営業をやりつつも親戚から畑を借りて野菜を作ったりもしていて、とにかく野菜が中心の食生活でした。そのことがけっこう嫌で、高校に入ってからはアルバイトで得たお金で焼肉を食べに行ったりしていましたね。

兄も姉も高校に入ったらひたすらアルバイトをして、高校を卒業したら就職して、あまり楽しくなさそうに働いていました。僕もそれが当たり前だと思って高校生の頃はひたすらアルバイトをしたんだけど、アルバイト先の社員さんたちも、大体みんな楽しくなさそうなんですよね。

それで僕はとにかく、「大人って楽しくないんだ!社会になんて出たくない!」と思って、そんな後ろ向きの理由で京都の大学に進学しました。

一番クールな民族衣装


大学生になり初めて1人暮らしをすることになったのですが、初めてスーパーで買った野菜を食べた時、全く美味しくなかったんです。

見た目は同じなのに、実家で食べていた野菜の味との違いに驚きました。その時、もしかしたら実家のあの農業が身近にできる環境は恵まれている場所だったのかと、自分のルーツや、現代の農業を考え直すきっかけにもなりましたね。

そんな経験がありつつも大学では、バイトと麻雀しかしていなくて、最初の2年間は全力で時間を溝に捨てていました。

ただ、一応大学では少数民族の伝統的な衣装について研究しようと思っていました。基本何にも興味を持てなかったのですが、古着の一期一会感が好きで、「布とか好きかな」と思ったんですよね。(笑)

そんな背景もあり、民族衣装を実際に見てみようと、夏休みには東南アジアをバックパックで旅していたのですが、あるとき出会ったカナダ人に、「一番クールな民族衣装って着物じゃない?」と言われたんです。今まで着物ってきたこともなかったので、「そうなのかも?」と興味を持ち出しました。

丁度そのタイミングで着物屋を立ち上げようとしていた友達が大学にいたので、手伝うことにしたんです。

伝えたいことを発信するだけでなく


その着物屋ではアンティークの着物を販売していました。昔の着物って、今ではできない刺繍や出せない色があったりするんですが、その価値をわかる人が少ないせいで、捨てられてしまったり管理方法が分からずダメになったりしているんです。それってすごくもったいないと思い、みんなで着物屋を始めたのですが、この体験がすごく面白かったんです。

それまで色々なアルバイトをしましたが、仕事とは自分の時間を切り売りして、お金を稼ぐためだけのものだと思っていました。しかし、着物屋の運営を通じて、仕事とは自分が大切にしている価値観や、伝えたいメッセージを発信するための手段としてすごく良いものだと気づいたんです。

21歳にして、初めて前向きに、社会に出ようと思うことができた瞬間でしたね。

ところが続けて行くうちに、わだかまりも溜まってきたんです。ファンになってくれた常連さんたちがよくお店に遊びに来てくれて、来たついでに何かを買っていただけるのですが、その人たちにとって着物って、年に数回しか着ないようなものだったんですよね。

そんな人に、10枚目、11枚目と着物を売っていることに、違和感を感じたんです。共感してくれた人を、幸せにしていないのではと思ったんです。

着物屋の経験でビジネスは面白いと思うようになりましたが、自分でビジネスをしていくのであれば、巻き込んだ人を幸せにするもの、正しいと思えるものでないとダメだなと思ったんです。

一旦全てリセットして、それが何かを考えるため、大学を休学して長期間バックパックの旅に出ました。

人は自然をコントロールできない


この旅では、上海まで船で行って陸路でユーラシア大陸を横断し、トルコのイスタンブールまで行きました。その中でも、パキスタンに行った時に、ガイドをつけずに1人で氷河を見に行ったんですが、その大きさや、きしんでいる氷河を見たとき、自然の雄大さに圧倒されましたね。

ところが帰り道が分からなくなってしまい、崖の上に放牧されていた羊がいたのを見てそこに道があると思い、僕も崖を上り始めました。最初は調子よく登っていたんですが、途中から崖が脆くなり、掴んでも崩れてしまい登れなくなってしまったんです。結構な距離を登っていたので、降りることもできなくなってしまい、仕方なく横に移動することにして、何百メートルか進んで、なんとか這い上がることができました。

この時に、人間の矮小さを感じたんですよね。ふと横を見ると巨大な氷河が広がっていて、人間は上にも下にも行けずに、横に這って行くしかできないようなものだと感じ、やっぱり人が自然をコントロールするのは、無理があると思ったんです。

そんな思いを抱きながら旅を続けていくなかで、人と自然とのあり方を決定付けるのは農業だと改めて考えたり、初めてスーパーで野菜を買った時の驚きが思い出されて、農業のあり方を問い直すような仕事、環境への負荷が少ない農業が広がっていくような仕事をやろうと思ったんです。

一方、着物屋をやっていた時から力不足を感じていたので、まずは修行のため、ビジネス経験が積めて短期間でお金を稼ぐことができる、外資系の金融機関で働くことにしました。

短期間ですぐに辞めようと思っていたので、家に家具や電化製品をほとんど置かず、2年間ややこしい仕事ばかりを率先してやり、力をつけた後、株式会社坂ノ途中を設立しました。

日本は世界最速で農業のあり方を変えることができる


僕たちは、自然環境への負担が少ない持続可能な社会を実現するためには、農業が変わらないといけないと考え、環境への負担が少ない農業を実践をする、新機就農者を増やすための仕組み作りに取り組んでいます。

新規就農者の場合、条件の良い農地が確保できない等の理由で、生産が少量不安定になりがちです。そうなると既存の流通の仕組みに乗れず、販路を確保できないケースがとても多いんです。そこで僕たちは、新規就農者をネットワーク化し、きめ細かく生産量の調整や情報の共有を行うことで、一件ずつでは規模が小さく不安定でも、グループ全体では安定的に農産物を販売できるという体制を築きました。

できてきた農産物は、インターネット通販や直営店を通じて個人向けに販売するほか、レストランや小売店への卸売りも行っています。少量不安定な生産でも品質が良ければ販売できる仕組みを作ることで、新しく農業を始めることのハードルを下げていっているんです。

今後日本の農地は、離農者が増えることで年に3%程度のペースで空いていくと言われています。たとえばこの速度に合わせて、有機農業を営む農業者を送り込むことができれば、日本は世界最速で有機農業が広がっていく国になります。代表的な有機農業先進国であるオーストラリアやデンマークでも、有機農業の割合は年間1%ずつくらいの速度でしか増えていないので。

そのためには毎年1万人くらいの新規就農者が必要という計算になります。僕たちはまず、そのうち1%、毎年100人の新規就農者を生み出せる会社になろうとしています。今までの販売に加え、農業への思いはあるけど、技術やノウハウが十分でない人を育てるための場所として、自社農場の運営も始めました。

また、日本だけではなく、海外への取り組みも始めています。第一弾として東アフリカのウガンダでは、気候変動に見舞われ雨量が減少している地域で乾燥ごまに強いゴマを生産したり、内戦からの復興を目指す地域で自生している植物の実を加工したものを商品化するなど、地域の環境的な持続可能性の確保と経済的な持続可能性の確保の両立を図れるような農業モデルを展開していきます。

昔は社会に対して前向きなイメージを持てずに目を背けていた僕ですが、今はビジネスという手段を通じて、自分が良いと思えるものを表現することができています。これからも、自然環境への負担が少ない社会をめざし、農業のあり方を変えていきたいと思います。

2014.09.12

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