東京都国立市で育ちました。小中高と私立の女子校に通っていました。母がとにかく教育熱心で、幼稚園生の時から週5で塾やお稽古に通う生活をしていましたね。始めは「お母さんの期待に応えたい」という気持ちで勉強を頑張っていました。だけど、だんだんと自分の意思とは関係なく、やらされているという感覚が強くなり、苦しくて勉強自体が苦手になりました。それでも、知識を詰め込むのではなく、物事を根底から「どうしてこうなんだろう?」と考える癖がある子供でしたね。

父は大企業に勤めた後、独立してIT企業を経営していました。情熱を持って、楽しそうに仕事をしている父の姿に憧れていたんです。でも徐々に会社の経営が厳しい状態に陥ってしまい突然の破産。小学校4年生の時、住んでいた一軒家を売って、家族で祖父の家に引っ越し、広々した子供部屋から、家族全員で川の字に寝る生活になりました。当時は大変さをあまり感じませんでしたが、家族で行くスーパーが変わるなど、生活の変化は実感しましたね。

私は家族といる時は自己主張が強く、好奇心旺盛な性格でしたが、内弁慶で、小学校ではなかなかみんなの輪に入れませんでした。家庭環境の変化や周りに馴染めないストレスで円形脱毛症になり、どうにか結んで隠して登校していました。教室内や校庭に出てみんなで遊ぶ中で、休み時間にひとりぼっちで教室にいるのが恥ずかしくて、隠れるように図書室で本ばかり読んでいました。

ずっと図書室にいたら、ある時全校生徒で本の貸し出し数1位になったことで、表彰されてしまったんです。クラスのみんなに拍手される中、先生に「たくさん本を読む秘訣は何ですか?」と聞かれた時は、本当にもどかしい気持ちになりました。

そんな中図書室では、色々な職業を紹介した本を読むのが唯一の楽しみでした。休み時間や放課後はいつも「この教室という狭い世界を抜け出して、大人になったらこんなことしたいな」と将来に夢を膨らませていたんです。

また、早く働きたいとも思っていました。父は、母だけには経営不振で辛い話もしていたようでしたが、私たち兄弟にはいつも仕事のやりがいや、新しい事業の話しをいきいきと語っていました。そんな姿から、「子供ってつまらないから、早く大人になって父のようにはたらきたい」と思うようになり、大人になる事が楽しみで仕方ありませんでしたね。