愛知県豊明市で生まれました。近所の男の子と野山を駆け回って遊ぶ、活発な子どもでしたね。

小学校低学年までは楽しく過ごしていましたが、4年生ごろからいじめのようなものを受けるようになりました。徐々に男女が分かれて遊ぶようになる中で、男子とばかり遊んでいたからかもしれません。休みのときは仲間に入れてもらえず、嫌がらせも受けるようになりました。

でも、負けたくなかったので泣きませんでした。「別に一人でいいもんね」と、図書館でたくさん本を読んだり、特に興味があった英語を勉強したりしていました。勉強は好きだったし、家に帰ってくれば母と絵を描いたり、好きな映画を見たりして遊んでいたので、辛いという実感はありませんでした。

でも6年生のとき、親の前で号泣してしまったんです。特に理由はなかったのですが、今まで溜まっていたものがあったのかもしれません。これまでいじめられていたことも話していませんでしたが、「友達がいない」と初めて口に出しました。すぐに家族会議が開かれて、小学校のクラスメイトがいない中学校の受験を勧められました。「新しい世界に行くんだ」と思い、私立の中高一貫校を受験。無事に進学できました。

入学した中学校では、英語の弁論大会の学校代表に選ばれました。孤独だった小学生のとき、好きな洋画の主題歌を歌えるようになりたくて英語教室に通わせてもらっていたので、発音だけは良かったんです。結果、愛知県代表になり、全国大会に出場することになったんです。大会に合わせ、初めて上京しました。

東京に行って、一気に世界が広がった気がしました。弁論大会のお世話役だったきら星のような大学生たちを見て、私もこうなりたいと思いました。それまでは東京の大学に行こうなんて全く思っていませんでしたが、上京しようと決心しました。

その中で、一人のお兄さんが「外交官になりたい」と夢を語っていました。外交官という仕事が華やかで格好良いと感じて、私も外交官を目指そうと思ったんです。

愛知に戻ってから調べると、外交官になるには外務公務員試験に合格しなければならないと分かりました。東京大学、一橋大学、東京外語大学のどれかに行かなければ、試験突破は難しいと知り、目標をその3校に定めました。生半可なことでは無理だとわかっていたので、中学3年の夏から、猛勉強を始めたんです。