企業が必ず抱える「人材」課題のサポートを!私だからこそできることをする。

経理や法務など、管理部門に特化した人材紹介を行う久村さん。幼い頃から目指していたファッション業界での夢を諦めて人材業界に転向した背景とは。また、ベンチャー企業と関わる喜びに関して、お話を伺いました。

久村 知誉

ひさむら ともよ|管理部門に特化した人材紹介
管理部門に特化した人材紹介企業、MS-Japanにて特にベンチャー企業に注力して営業を行う。

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女の子として扱われたい


愛知県で生まれ育ちました。兄とは10歳も離れていたことから、可愛がってもらい、親もやりたいことはなんでもやらせてくれました。だからこそ、自分で何でも決めるのが好きで、誰かに決められて失敗すると文句を言う、そんな子どもでした。

ただ、外で遊ぶのが好きで活発だったし、名前が「知誉」という字だったので、よく男の子に間違えられていました。すると潜在意識にも刷り込まれたのか、次第に男の子っぽい動きをするようになっていったんです。周りからも女の子扱いはされず、可愛い服なんて着られなかったし、クラシックバレーの先生にも、「動きが男っぽい」と言われていました。しかし、学校で男の子の名簿に載せられたり、「知誉くん」と呼ばれたり、男の子に間違われるのは流石にショックでしたね。

その反動もあり、高校生の時、可愛らしい服を試着すると店員さんに「似合うね」と言ってもらえたことがキッカケで、ファッションにはまっていくようになりました。

服装が変わると周りからの反応も変わっていき、「女の子っぽくなったね」と言われるのは嬉しく、初めてナンパされた時も歓喜しました。(笑)自分で好きな服のスクラップ雑誌を作ったりもしましたね。

そして将来はファッション業界で働きたいと思うようになっていきました。特に、私は一つのブランドが好きというわけではなかったので、企画して流行を作っていくような仕事をしたいと考えていました。

流行を作れるアパレル企業へ


服に関して多岐にわたって勉強できる、大学の服飾学部に進学することにして、東京に上京しました。専門学校だと2年間と短い期間で多くのことを学ばなくていけないので忙しく、それに比べて4年間の大学であれば、アパレルショップで実際にアルバイトして現場を見る時間もあると考えたんです。

その大学では地方から来た学生は、1年目は遊ばないように寮に入る決まりがあったので、入学後は上京してもハメを外しすぎることはなく、真面目に勉強に打ち込みました。自分で服をつくったり、ファッションショーを開くようなことだけではなく、繊維に関しての化学的なことや、流通やアパレル企業経営など、本当に多岐にわたった勉強することができて、面白かったですね。

また、就職活動前にはアパレルショップで販売員としてアルバイトをしました。そこの空気は女社会でかなり厳しく、正直「ここまでする必要があるのか?」と理不尽に感じる部分もありました。ただ、店舗のディスプレイや、商品のレイアウトを考える仕事自体は面白かったですね。

就職活動ではアパレル企業のみに絞って選考を受けていき、最初に内定をもらえた会社に就職することを決めました。最初は販売員からのスタートにはなるものの、3年ほどしたら社内公募でマーチャンダイジングなどの企画部門に移れるチャンスがあったので、そこを目指したんです。逆に、販売員として3年働いたら次の道に進むことは決めて入社しました。

本当にやりたいことは?


職場は、渋谷にあるアパレルショップでした。できないことが多く、毎日店長には怒られていたものの、成長を実感できたし、前のショップとは違い職場はフラットな空気だったので、みんなで働くのは楽しかったです。とは言え、やはり企画の仕事をしたかったので、社内公募などは頻繁に確認していました。

しかし、企画系の人はほとんど外部から雇っていて、社内での異動は多くはありませんでした。また、景気が悪かったこともあり、企画職に異動した人はかなり忙しそうで、本当に朝から晩までずっと働いている状況で、鬱で辞めてしまう人もいた程です。その状況を見て、ずっと流行を企画していく仕事をしたいとは思っていたけど、今の環境や自分の生活を全て捨ててまで本当にやりたいのかと、自分に問いかけるようになっていきました。

その答えはノーでした。そこまでとは思えなかったんです。ただ、3年目を迎える時、ちょうど社内で組織の再編だったこともあり、このタイミングで転職することに決めました。販売員を続けるのも違うと思ったんです。自分が何をやりたいのかフラットに考えるため、転職エージェントを使って色々な会社を見るようになりました。

その中でも、事務作業を淡々とこなすよりも、自分でものを作ったり企画することや人と関わることがしたいと考えていました。また、営業をするにしても、一つのものだけではなく色々なものを扱いたいと考えていくうちに、人材紹介業に惹かれていきました。人に関する課題や要望は会社ごとに違うので、それぞれにあったオリジナルな答えを見つけていけることや、人事部などの管理職の人に会えるのは面白そうだと思ったんです。

また、自分自身が転職活動をする中で利用していたキャリアカウンセラーの方の影響も大きかったですね。その人はいつも私の仕事が終わるタイミングに連絡をくれて、職務経歴書の書き方なども親身になって相談に乗ってくれました。人材紹介とはこういう「働き方なんだ」と具体的にイメージすることができたんです。

私がそこにいる意味


経理や法務などの管理部門に特化した人材紹介企業で働き始めました。最初はテレアポなどもして、興味のある企業に電話をかけることができたので、仕事も楽しかったです。

しかし、数字を持つようになってからは、あまり面白いとは思えなくなっていきました。と言うのも、大きな会社から依頼される求人というのは、会社の中で何人採用するというのが決まっていて、かつ欲しい人材の条件が書かれた紙が送られてきて、それに合う人を登録者の中から探すことを繰り返すだけ。この仕事であれば、私じゃなくてもできる。じゃあ私がいる意味は一体何なんだろう、そんなことを感じていたんです。

いつもそんなことを考え、辞めようと思った時もあります。しかし、自分で決めたことだからやりきりたいとの思いもあり、続けていました。

そんな時、たまたま電話をかけた会社が、いわゆるベンチャー企業でした。私は知らない会社だったけど、先輩にその案件の相談をすると、すごく有名なベンチャー企業だと言われ、面白いからベンチャー界隈のことを調べてみるといいよと言われたんです。

そこで、ベンチャーキャピタルが主催する、創業したばかりのスタートアップ企業が集まるイベントに行ってみることにしました。すると、何もないところから新しいことを生み出す思いを熱く語る創業者の姿に、胸が熱くなりました。それと同時に、自分の働くスタンスが恥ずかしくなりました。「人材」という経営にとって必ず発生して、かつ重要な問題に対して、人を引き合わせることの意味をしっかりと考えられていなかったと。

大切なシーンでの「ありがとう」


それからはベンチャー企業への人材紹介のサポートに力を入れるようになり、創業者の思いに触れながら人材面でお手伝いすることができ、仕事が楽しくなっていきました。人材紹介の相談って、人が足りないとか、人が辞めてしまったとか、ほとんどがネガティブな話からスタートするんです。しかし、その話をしっかりと聞き、自分なりに「何ができるか?」と考えていき、適切な人を採用してもらうことができた時は、やりがいを感じます。対話の中で見えてくる課題もあり、それはもしかしたら自分がいなかったら見つからなかったかも知れないので、

「ありがとう」と言ってもらえると、自分がいる意味を感じることができるんです。

また、私たちの会社は管理部門に特化して、会計事務所などとも提携しているので、お話を聞いた上で、採用よりもアウトソースが合うのであれば、事務所を紹介することもできます。そうやってお客様にとって本当に必要な解決策を提供していければと思います。

今後も、特にベンチャー企業の支援をしていきたいと考えているので、一度どこかのタイミングでベンチャー企業で働く必要はあると思っています。中に入ってみなきゃ、当事者の気持ちになれない部分はあると思うんです。

人を雇うことは会社にとっては大きな投資で、その投資が失敗すると会社はなくなってしまうかもしれないし、しいてはこれからの子どもたちの社会自体がなくなってしまうかもしれません。また、求職者にとっても転職は人生の大きな決断。そんな大切なシーンで少しでも自分が役に立ち、感謝してもらえるように生きていきたいですね。

2015.01.13

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