私は東京都大田区に生まれました。小さい頃からマイペースな性格で、公文や習字などの習い事を始めても、通い続けるのが苦痛で続かないようなタイプでした。一方、勉強自体は好きだったこともあり、小学4年生で試しに受けてみた塾のテストで非常に良い成績を残すことが出来、親から中学受験を薦められ、進学塾に通い始めることになったんです。学校の集団授業は苦手でしたが、地元の塾は個別指導で、先生とのうまもあっていたので、前向きに勉強をするようになりました。

そして、途中からは別の塾の「開成特別コース」に通っていたのですが、本当にものすごく頭の良い学生の集まりで、問題を見ている途中に解けてしまうような天才がいたんです。「こいつらやばいな」と、次元の違いに衝撃を受けましたね。結局、そのコースにいた30人は100%合格し、私も開成中学に進学することに決まりました。

その後、中高と将来を考えるようになると、漠然とですが、サラリーマンにはなりたくないという感覚がありました。元々、父親がある会社でサラリーマンだったのですが、突然解任になった姿を見て、「すごく仕事を頑張っていたのに、そんな仕打ちなのか」と感じてしまったんです。自分自身マイペースな性格だったこともあり、自分でコントロールできる仕事に就きたいという思いもありました。

親からは医者になればと言われることもありましたが、なんだか違和感がありましたね。4分の1が医者を目指すような学校だったこともあり、「成績が良いから医者になるの?」という疑問があったんです。皆一様に同じものを目指すのではなく、それぞれが自分の持っている力を分散して発揮した方がいいし、少なくとも自分が力を活かす場所は医者じゃないという感覚がありました。そして、大きい仕事をしたい・世界を股にかけて働きたいという思いから、外務省に行こうと考え、東京大学法学部への進学を決めました。

しかし、大学では全く勉強をせず、部活でボートに打ち込む日々を過ごしました。最初はテニスサークルにでも入ろうと思ったのですが、空気に馴染めず、人生で一回くらいスポーツに打ち込んでみるのもいいかなと思い、入部を決めたんです。いざ練習を始めてみると本当に辛く、100回以上辞めたいと思うことになりましたが。

また、部活の先輩の話を聞く中で、将来の進路への考え方が再び変わっていきました。思ったよりも日本のためにという感覚が薄く、これはちょっと違うなと感じてしまったんです。結局、引退まで部活に没頭したことで、法学部に入りながらも法律のことが全然分からない状況だったため、何か目標を持って勉強しようと弁護士を目指すことに決めました。正直、自信はありませんでしたが、ちょうどロースクールができたタイミングだったこともあり、やってみようという感覚でした。