音楽科のある高校へ進学することも考えましたが、将来の選択肢が音楽の道しかなくなるかもと考え普通科の高校へ進学しました。もっといろいろな可能性を見てみたかったんです。入学した高校に吹奏楽部がなかったので、ギターを弾いてみたり、新しくバトミントン、卓球などのスポーツを始めたりしました。スポーツも、やってみると面白いんだと気がつきましたね。

そんな高校生活中に長野でオリンピック・パラリンピックが開催されており、軽井沢にはカーリング会場がありました。私の通う高校で選手たちや関係者を呼んだレセプションが開かれた時に、ドイツの方が「スポーツしてるの?僕はパラアイスホッケーをやっているんだ。楽しいから君もやりなよ」と話しかけてくれました。一見してわかりませんでしたが、彼は義足でした。

ちょうどその頃、車椅子を売ってくれている会社の社長にも、パラアイスホッケーを勧められていました。社長も車椅子に乗っていて、パラアイスホッケーのプレーヤーだったんです。

私は友人と一緒に登下校中に遊ぶのが好きだったのですが、中学になると自転車、高校になるとバイクをみんなが使うので、どうしても車椅子では追いつくことができませんでした。

そこで考えたのが、自転車やバイクを掴んで車椅子を引っ張ってもらう方法です。自転車のときはよかったものの、バイクになると流石に車椅子が耐えられなかったみたいで。ある日車椅子が止まった時にカタン。と前に倒れてしまいました。右の前輪が完全に取れてしまったんです。

そんな日々を過ごしていた事もあり、社長が、「お前ほど車椅子を壊す奴はいない。何事も恐れないそのやんちゃな性格がホッケーに向いている」とパラアイスホッケーに誘ってくれました。

高校を卒業すると、長野の大学へ進学。大学では、建築を学ぶことにしました。音楽ではなく建築を選んだのは、車椅子で移動するのが大変な設計の日本の建物を変えたいと思ったからです。

長野オリンピック・パラリンピックの影響で近くの駅が新しくなったとき、中に入って衝撃を受けました。「なんだ、この新しいくせにポンコツな駅は!」と。エレベーターを乗り継がないとホームに行けないなど、車椅子で移動するのがすごく大変なつくりで。「もっとちゃんとした建築物を日本に広めたい」と心に決め、建築を学ぶことにしたんです。

大学の近くに長野オリンピック・パラリンピックの時に作られたスケートリンクがあり、ソルトレイクシティパラリンピックに向けて、選手たちがパラアイスホッケーの合宿をしていました。合宿に見学に行くと選手から「乗ってみなよ」と言われ、氷に乗ることになりました。

パラアイスホッケーでは、スレッジというそりに乗って、両手にスティックを一本ずつ、合計2本持ってプレーします。実際に乗ってみたらすごく面白くて。以前車椅子バスケをやってみたときはあまりうまくできなかったんですが、これはうまくプレーできそうな感覚がありました。すぐに、長野県のクラブチームに入って練習に参加することに決めました。

これまでずっと健常者の中で育ってきたので、障害のある人と接するのは初めてでした。自分の障害を笑いにする人や、障害をネガティブに捉えるのではなく上手に障害と付き合っている人がいて新鮮でしたね。

練習を始めるとすぐに、できることがどんどん増えていきました。小さい頃から、車椅子から降りて這っていろいろなところに行っていたので、知らないうちに体の使い方や腕力が身についていたみたいです。体が小さいことを活かして、機敏な動きで攻め込むフォワードになりました。

どんどんのめり込んで行き、通常2カ月かかることを1、2週間でできるようになることもありました。上手くなるのが面白かったですね。先輩がパラリンピックに向け出発するときには「次は私が行きますよ」と生意気な見送り方をしていましたね。

ある日、パラアイスホッケーのトレーナーに会ってほしい人がいると言われました。事故で歩けなくなり、引きこもってしまった人がいるというんです。そのとき、障害があるから引きこもっている人がいる、という現実を初めて知りました。自分にとっては普通のことでしたから。

しばらくしてまた、障害を持って引きこもっている、別の方に出会いました。僕は、そういう方々が社会と接点を持つきっかけになるのがスポーツだと思い、スポーツに誘いました。その方は一緒にプレーしていく中で徐々に変わっていき、引きこもるのをやめて東京で一人暮らしを始めました。その姿をみて、スポーツには人を変える力があるんだと強く感じました。

また、これをきっかけとして建築学科から社会福祉学科へ転向しました。「誰もが使いやすい建物を建てたい」と思って建築学科に入りましたが、そもそも外に出なければ建物の使いにくさも経験できないんですよね。まずは外に出て、段差の不便さなどを感じてもらうことも大切だと思い、心理学を学びました。