長野県軽井沢町で生まれました。先天的に二分脊椎という障害を持っていたため、歩くことができませんでした。しかし、周りの子よりもかなりやんちゃな性格で、小さい頃は自然の中をターザンのように遊びまわって過ごしました。

友人達と毎日外へ出かけ、車椅子をほったらかしにして這ってどこにでも行きました。川に飛び込んでイワナやニジマスをとったり、森でカブトムシや蛇を捕まえたり。毎日泥だらけで帰って来て、玄関で全裸にさせられお風呂に直行でしたね。

毎日泥だらけになって帰ってきても、母は「やめなさい」と言わずに、次の日にはまた「いってらっしゃい」と送り出してくれるんです。いつも100%で「いってらっしゃい」を言ってくれるから、私は120%、外の世界を楽しめていました。

そんな母が嫌な思いをしながらも必死に動いてくれた事で、小学校から普通学級に通えました。小学校では、同級生みんなが自転車に乗っていました。羨ましいと思い「乗りたい!」と言うと、母は「ちょっと待っててね」といろいろな所に電話をかけて、群馬県まで行って手で漕げる自転車を見つけて来てくれたんです。自転車に乗れたときは「ヤッホー!」って思いましたね。すごく嬉しかったです。

母はそんな風に、はじめから「できない」と決めつけるのではなく、一見難しそうなことでも、「ちょっと待っててね」と言っていつも「できる」方法はないかを探してくれました。やってもいないのに、はじめからできないことなんてこの世にないんだと教えてもらいました。

中学校では、吹奏楽部に入部しました。小学校のとき、仲の良い友達がトランペットを吹いていたのがかっこよかったんです。吹奏楽に熱中し、上のステージを目指してひたすら練習しました。

最終的に県大会までは行けたものの、その上の大会へは行くことができませんでした。3年生で最後の大会が終わったとき、もうプレーヤーとしてはこのステージに立てないことがすごく悔しくて、将来は指導者としてこのステージに立とうと、音楽の先生を目指すことにしました。