研修後は、このまま高知に残って活動していくことを勧めてくれる人もいました。しかし、それではもともとの「潰瘍性大腸炎の患者を救う医者になりたい」という自分の夢は叶えられないと思いました。それでは自分のキャリアに納得できないなと。そこで高知のことは高知の人たちに任せ、かつて手術を受けた横浜市民病院で外科医になろうと思いました。

横浜市民病院は医者を募集していませんでしたが、どうしてもそこで働きたかったので履歴書と自分の想いをつづった手紙を送りました。すると希望が通り、働けることになったんです。しかも運よく、以前僕の手術をしてくれた先生に教わることができました。

ある日、シングルマザーのお母さんが病院にきました。手術をすれば治ると思っていたんですが、いざ開腹すると、腹膜の中にがんが広がった腹膜播種という状態になっていて。もう手術をしても手遅れの状態だったので、そのまま閉じるしかありませんでした。

そのお母さんは自分にとって、心を通わせた患者さんでした。シングルマザーということで、自分の母にも重ねてしまって。この出来事はとてもショックでした。病気の発見時には、手術をしてもすでに手遅れの場合もある。そうならないように、もうちょっと早く病院に来てもらうにはどうしたらいいか考えるようになりました。

そんな時、あるサミットで「うんこ」と「おっぱい」というワードが拡散されやすいという情報を掴みました。そこで、うんこのコンテンツをつくって、そこに大腸がんの情報を入れれば良いのではないかと考えました。そうすれば広告費をかけずに、大腸がんの情報がどんどん拡散されて、早めに医療機関を受診する人が増えると思ったんです。そこで「日本うんこ学会」を設立し、「うんコレ」というゲームをリリースしました。

うんコレでは、課金の代わりに排便の報告をすると、新しいキャラクターが手に入るようになっています。便の状態についての質問に答える中で、病気が疑わしい場合には、病院に行くようアドバイスしてくれる仕組みです。

大腸がんは、進行しないと症状が出にくい病気です。自分で便の変化などに気をつけていないと、なかなか気がつけないんです。ただその知識は、意識の高い人にしか共有されない。実際に病気が進行してから病院に来る人は、健康に対する意識が低く、パチンコばっかりやっているような社会的資源が乏しい人が多い現状がありました。

でも、そういう人たちにも、「うんコレ」なら情報を届けられるのではないかと思ったんです。実際、パチンコの売り上げが落ちるときは面白いスマホゲームが出た時だというデータもあり、ゲームならいけると思いました。また、大腸がん検診が始まる40代になる前に、20~30代の若い世代にも遊んでもらい、お腹の調子が悪い時にはどんな病気の可能性があるかを知ってほしいと考えました。

実際、うんこというワードの拡散力は凄まじく、うんコレはWebを通して広まっていきました。

3年間外科医をやったころ、コーチレジの活動を知った厚労省の人たちに、地域医療計画課のポジションが空くから来てみないかと誘ってもらいました。地域医療に詳しい人を探しているということだったので、病院を離れて入省することにしました。

入った直後は感覚が違いすぎて、「国の人間には病院の現場の声がわからないんだ」と思いましたね。でもしばらくすると、厚労省には厚労省の現場があって、国全体の医療をよくするためにさまざまな駆け引きをしながら世の中を動かしているんだとわかりました。臨床現場は目の前の患者さんに向き合っていますが、厚労省の現場が向き合っているのは国全体。ここにギャップがあったんです。医療の現場と国とをつなぐ必要性を感じました。

厚労省で学んだことの一つが、質とコストとアクセスのバランスが大切だということ。例えば高知の田舎に病院を作れば、地域はアクセスの良いところに医療機関ができてハッピーになるかもしれませんが、それを数十年維持するにはコストがかかります。さらに、県全体でみると医療者が足りなくなり、医療の質が落ちてしまうかもしれません。質、コスト、アクセスは、なかなか三方良しにはなりにくいのです。

国レベルで人を幸せにしようとすると、全体として50点くらいの施策しかできないと感じました。全員にとって100点なんてことはありえないんです。誰かにとって100点の施策は、誰かにとっては0点の可能性もある。だから50点くらいがちょうどいいんです。それを知って、自分は全員に対して50点の医療よりも、自分のまわりの人を確実に助けられる医療を行いたいと思いました。