栃木県の北部にある大田原市で生まれました。湧き水が懇々と流れて田畑を潤し、夏には蛍が舞い、朝露の光る庭には脱皮を終えたセミが飛び立とうとする。そんな景色が僕の少年時代の原風景でした。

幼い頃から、画家の父に連れられて、山や渓流などの那須の大自然と触れ合いました。自然が遊び場であり、学びの場でもありましたね。山の生態系に強い関心を持ち、昆虫や野鳥、小動物たちを観察することがとても楽しみでした。

私は両親と弟2人と一緒に暮らしていました。父は子どもにとても厳しい人でした。叱られるのが怖かったこと、人前に出るのが苦手だったこともあって、子供の頃は地味でおとなしい性格でした。

将来の夢は漫画家になりたいと、ずっと思っていました。物語を表現する漫画の力、読み返すほどに味がある、深いメッセージ性に強く惹かれました。

美術が得意でしたが、漫画家になんて絶対になれない、など両親から夢を否定され、弟とも比べられるうちに、「早く家を出たい」と反発するようになりました。

そんな背景もあり、中学卒業後は地元から離れた宇都宮の高校でデザインを学びました。ビジュアルデザインやプロダクツデザインなど専門的に学び、デッサンや伝統工芸の益子焼など実践重視のカリキュラムも併せて、発想力や表現力を磨くにはもってこいの環境でした。

新しい世界を知り、自由に行動できるようになったことで、おとなしかった性格も変わっていきました。人を笑わせたり、率先してリーダーシップをとるようになりました。

漫画家になる夢はあるものの、画家だった父を見ていたので、それだけで食べていく厳しさは知っていました。自分の得意なことで生計を立てるためにはどうしたらいいかと悩んでいる時に、担任の先生からインテリアの道があるとアドバイスをもらいました。お前が3年この業界で続いたら大したもんだ、なんて先生から言われ、絵だろうが家具だろうが、ものをつくることは好きなので、やってやろうという気になったんです。それで、学校にオファーがきていたインテリア会社の一つに就職を決めました。