「できるできない」でなく、
「やるかやらないか」で人生は変わる!

“Go Action! Go Change!”というミッションの元、世界を股にかけ、インキュベーション(起業家支援)を行う榊原さん。世界で挑戦するベンチャーを支援すべく、イスラエルに拠点を構え、ゼロからスタートを切ろうとしています。人生の目標は「ノーベル平和賞」と語る背景には、自分らしさを探し、悩み続けた過去がありました。

榊原 健太郎

さかきばら けんたろう|侍
“Go Action! Go Change!”というミッションのもと、グローバルに起業家支援を行う株式会社サムライインキュベートの代表を務める。
2014年5月15日より、イスラエルに常駐し、現地で活動を行う。

株式会社サムライインキュベート

目立ちたがり屋の小学生


琴・三味線屋の職人の息子として、名古屋に生まれ育ちました。小さい頃から目立ちたがり屋で、人前に立って話すことが好きでしたね。

小学校5・6年になってからは、運動会の応援団長を務めたり、生徒会選挙の推薦人として、全校の前でスピーチをしたりしていました。前に立つのは緊張するんですが、人前で面白おかしく話をして、周りが喜ぶのがすごく嬉しかったんですよね。なんだか、毎日が楽しかった気がします。

学校が終わると、お店をやっている実家に帰っていたのですが、商売人という仕事柄、僕が幼い頃から、親が冠婚葬祭の場に出ることが多かったんです。「お葬式に行ってくるから、ご飯は1人で食べてね」と言い、喪服に身を包み、よく出かけていたのを覚えています。

でも、それを見ていてなんだか違和感があったんですよね。人が亡くなっているのに、なんだか雰囲気が軽い感じがしたんです。仕事だからとか、近所だからとか、まるで大人の付き合いでお葬式に行っているように見えたんですよ。

僕にそう映っただけかもしれないのですが、自分のお葬式はそんな風になるのは嫌だな、と感じました。自分のお葬式では、子どもから「誰のお葬式に行くの?」聞かれたときに、思い入れをもって悲しんで、多くを語ってくれる人がたくさんいてほしい、そんな風に思っていたんです。

「あれが自分のはずなんだけどな」


ところが、中学に入ってから、あまり学生生活を楽しめなくなっていきました。小学校とは違い、定期テストのプレッシャーもあり「いい点をとらなければ」と、勉強に追われていたような気がします。もともと、決めた目標に向けてしっかり取り組まねば、という責任感が強かったこともあり、中学高校と、半ばガリ勉のようになっていきました。

小学校の頃を思い出し、「あれが自分のはずなんだけどな」とモヤモヤする日々でした。

大学生になってからも、単位のために真面目に授業をうけて、下宿に戻ってという繰り返しの毎日でした。ところが、友達に誘ってもらった「ユネスコ研究部」というサークルに入ってから、少し変わったんですよね。

地元の小学校の子どもと遊んだりするサークルだったのですが、その活動の中で、人に喜んでもらうことの嬉しさを、強く思い出したんです。

それに、サークルの仲間と飲み会をしたり、学園祭に出店したりと、いわゆる大学生活を楽しめるようになったんですよ。それまでは女の子と話すのもうまくなかったので、3年の時に他のサークルの女の子に話しかけられて、すごく嬉しかったのを覚えています。

ところが、学生生活がやっと楽しくなった頃に、就職活動が始まりました。当時は「就職氷河期」の始まりだったこともあり、何をやりたいかあまり深く考えず、とにかく入れてもらえる会社を探していた気がします。結局、内定が出た医療機器メーカーに就職することに決めました。

ITベンチャーに飛び込んで得た自信


社会人になってから数年は、とにかく仕事に苦しみました。病院への営業の担当だったのですが、毎日頭を下げて回っていました。よくわからずに飛び込んだ医療業界で、仕事も面白いと思えず、暗い気持ちで燻っていましたね。

そんな日々を過ごしていた頃、世間でITベンチャーという言葉をよく聞くようになりました。医療機器のメーカーにいた僕は、ITについてよく知らなかったのですが、偶然見つけたサイバーエージェントの藤田さんのブログを読んでいるうちに、毎日色々なことが起こり、フラットに仕事をできる環境であることを知り、段々関心を持つようになりました。自分もこんな世界で働きたいと思うようになったんですよね。

そんな経緯から、ITベンチャーに転職しようと考え、当時懸賞サイトを運営していた、アクシブドットコム(現VOYAGE GROUP)に転職することに決めました。入った当時は社員も一桁で、ボロボロのマンションの一室をオフィスとしており、まさにベンチャーといった環境で、とにかくストイックに仕事をしていました。

ここでも営業に携わったのですが、当時は「IT」というだけでアポも許してくれない会社もありました。ITの認知度が低いだけでなく、それ自体が「悪」だと考える人すらいたんですよね。そんな背景もあり、とにかく会社の目標を達成できるよう、仕事に没頭していました。ほとんど休みを取っていなかった気がします。

努力した甲斐もあり、段々と成果が伴うようになっていき、会社は急激に成長していきました。僕自身、一度武者修行の転職を挟んだものの、戻ってからは営業の統括のポジションも任せてもらるようになりました。その頃にはITを取り巻く環境も変わっており、ベンチャーの地位も随分良くなっていました。未経験で飛び込んで、大きなうねりの中を、「変化」を感じながら駆け抜けた経験は、自分にとって大きな自信になりましたね。

「できないことなどない」

そんな風に思えるようになっていったんです。

「夢手帳」に描き直した人生


当時は、年収1千万円を稼ぐことを目指し仕事をしていました。「ベンチャーだから一攫千金」というような、単純な考えだった気がします。ところが、一定の成果が出て来たときに、なんだか味気なく感じるようになったんです。

そのまま人生を終えても楽しくないし、カッコ良くないと感じたんですよ。このままお金だけ追っていたら自分の人生まずいんじゃないか、というような危機感がありました。

それに加え、順調だった事業も思うようにいかなくなっていきました。成果を出せていない中、人の循環も止まってしまい、段々仕事がうまくいかなくなっていったんです。

そんな経緯から、僕はアクシブドットコムを退職することに決め、独立することに決めました。転職も考えたのですが、有給の消化中にたくさんの起業家に会い、悩みの相談を受ける中で、これまで培った強みを活かし、ベンチャーの支援を行いたい、と思うようになったんです。

そして、改めて何を目指して行くべきか考えるために、「夢手帳」を書き始めるようになりました。仕事だけでなく、プライベートや健康面も含め、改めてどんな風に生きるべきか考えたんですよね。これまでは、テストや受験、業績に年収など、場当たり的な目標をひたすら追いかけていて、人生の目標なんて考えていませんでした。

それを、改めて文章として書き出すことにしたんです。自分のお葬式では、とにかくたくさんの人が悲しみ、思い出を語ってほしい。そのために目指すべき目標は何だろう、と考えて出てきたのは、

「ノーベル平和賞をとること」でした。

日本だけでなく、世界中で人の役に立ち続けた先の結果として、人生をかけて目指そうと思えたのがこれだったんです。

人生の目標が決まってからは、すごく楽になりましたね。中高のテスト勉強と同じで、いい点を取るために勉強の仕方を考えるように、ノーベル平和賞をとるために、何をすればいいかを考え、一つずつ挑戦していけばよくなったんです。

渋沢栄一さんの功績を参考に522社に投資すること、日本だけでなく海外でインキュベーション(起業家支援)を行うこと、発展途上国の支援を行うこと等、ノーベル平和賞のにつながる行動をKPIにし、一つ一つ達成していこうと決めたんです。

自分に戻れた気がする


そんな経緯から、「サムライインキュベート」を立ち上げ、日本では前例のなかったインキュベーション(起業家支援)を始めました。最初こそ苦労したものの、投資先も増え、少しずつ成果も出るようになって来た頃、大企業の方に投資先を紹介するため、投資先を含めた40人程の飲み会を開催する機会がありました。

そこで、初めてイベントの司会を務めたんですよね。身内がほとんどのイベントながら、人前でしゃべることに、準備の時からすごく緊張しました。司会本番も緊張して、決してうまく話せていませんでした。でも、参加したみんながすごく喜んでくれたんです。一緒になって盛り上がれたのが、本当に楽しかったんですよ。

終わったときには、大きな達成感で充実していました。なんだか、小学校5・6年生の自分に戻れたような気がしたんですよね。

「これが自分だよな」と思えたんです。

気付けば20年以上、「自分らしさ」が分からず、もがいていた気がします。学生時代は全く満喫できなかったし、社会人になってからも仕事が面白くない、ベンチャーで働き成果はでたものの、目標は年収だけ。

でも、人生の目標を決め、それに向かって行動を続ける中で、やっと、自分らしくいられるようになったんです。自分のことを大分遅い「社会人デビュー」だと思いますよ。

これからは、目標のための一つの過程にしている世界でのインキュベーション(起業家支援)のため、起業大国イスラエルに住み、投資を行っていきます。みんなが怖がってやらないことだからこそ挑戦しようと思うんです。

人生の目標のため、毎日後悔しないように生きているので、今死んでも、後悔はないです。むしろその方が楽なくらいです。でも、今お葬式を開いても、まだ来る人が少ないんですよね。数十億人は来てほしいんです。だから、まだまだ攻めていこうと思っています。

「できるできない」でなく、「やるかやらないか」で、世界も人生も変わると思うんですよね。

2014.05.14

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