私は東京で生まれ育ちました。小学校卒業後は私立の中高一貫校に通い始め、体操部に所属して運動も勉強もしっかりとする活発な性格でしたね。ただ、将来のことはあまり考えていませんでした。父が英語を使って仕事をしている姿を見た時にカッコいいと思い、何となく海外で働きたいと思っていましたが、具体的ではありませんでした。

そのため、大学も単純に偏差値が高い学校を目指し、早稲田大学に進学しました。高校の先輩が大学でチアリーディングをしていたので、大学に入ったらチアサークルに入ろうと思っていましたが、実際に入学すると遊びたい気持ちが勝り、サークルには入りませんでした。そして、ひたすら遊び呆ける生活を送るようになっていったんです。

ただ、1年ほど経った時、チアをやっている友達を見て、「私もチアやりたかったじゃん!」と思い出したんです。そして、まだ間に合うとチアサークルに入り、サークル中心の生活を送るようになっていきました。

チアの大会では、とにかく自分たちが納得できる演技をしようと、練習してきた成果を精一杯出します。すると、それを見て喜んでくれる友達もいて、自分のために打ち込んだことが周りにも感動を与えられるのが嬉しかったですね。また、団体競技なので、メンバーの心が通じ合う瞬間もたまらないんです。

チアを始めてからは、それまでの生活とは一変。チアのことしか考えないようになり、就職活動の時期もサークルを続けていました。通常は、就活をする学年のチームは一旦休止になるのですが、私はひとつ下の学年のチームに入っていたので、みんなと就活の時期が1年ずれていました。「最後の大会まで一緒に出たい、就活は1年遅らせてもいい」と思っていたので、サークルを続けることにしたんです。

ただ、就活をしない理由もなかったので、できる範囲で会社説明会に行ったり、面接も受けていました。幼い頃から憧れのあった海外で働くことを軸に、商社、海運、メーカーを見ていき、最終的には雰囲気が合うと感じた総合商社の伊藤忠商事から内定をもらい、就活を終えることにしました。

そして、最後の冬の大会までチアで燃え尽きる大学生活を過ごしました。