お客様はいない、接客はしない美容室を!
世界中で髪を切り続けて見えたもの。

恵比寿で「お客様はいない」「接客はしない」というコンセプトを掲げる美容室を経営する藤川さん。カットの技術が全てと考えていたところから、髪を切りながら世界一周を経てどのような変化があったのか。また、今後は美容師としての自分に加え、「ハサミを持たない自分」もプロデュースしていきたいと語る背景には、どんなものがあるのか。お話を伺いました。

藤川 英樹

ふじかわ ひでき|「お客様はいない、接客はしない」美容室の経営
恵比寿にある美容室「Broccoli playhair(ブロッコリー)」の経営を行う。

Broccoli playhair
ブログ「世界一周チョキチョキ旅日記 続〜Broccoli(ブロッコリー)playhair 〜」

another life.が制作協力を行うTV番組に藤川 英樹さんが出演!

3月21日(土)BS-TBS 22:00〜22:54 『LIVING SHIFT』-これが私の生きる道-

物心ついた時には美容師になりたい


私は兵庫県で生まれました。両親が美容室を経営していて、小学校からの帰り道に美容室に寄って両親が仕事をするのを見ていました。

朝も早くから夜遅くまで働き大変そうだったけど、気づけば自分も将来美容師になりたいと思っていましたね。それこそ小さい時から妹の髪の毛を、親に内緒でこっそりと切るようになりました。とは言ってもすぐにばれてましたが。(笑)しかし、ある時怒られながらも、「なかなかうまいやん」と母に言われてからは、嬉しかったからか、妹の髪を切ることはなくなりました。

また、勉強も好きで進学校の高校に通いつつ、将来は美容師になるための専門学校に行こうと思っていました。両親は「大学に行ってもっと色々なものを見てから決めるのでも遅くないのでは?」と言ってくれていたものの、やりたいことが決まっているのだからと思い、卒業後は美容師になる専門学校に進むことにしました。

最初は大阪の学校に行き、地元で働こうと思っていました。しかし、母から「あんたは友だちがいたら怠けるから東京に行ってきい」と言わたこともあり、上京することに決めました。

カットの技術こそ全て


専門学校では必死に勉強しました。それまで、勉強も運動もそれなりにできても一番になれるものがなく、母にも「あんたはいつも一番にはなれんねぇ」と言われていたので、「美容の世界では絶対に一番になってくる」と公言していたんです。実際に、コンテストで何度か表彰されたり、600人いる生徒の中からトップ3で全国大会に出たりすることができました。

専門学校は、地味なカットの練習などが嫌で授業に来なくなったりやめてしまう人が多い中、そんなことでめげていたら働いてからもやっていけないと思っていたので、地道に練習を続けていました。そして2年間で卒業し、六本木にある美容室に就職しました。

そこでもうまくなるためにめちゃくちゃ練習しましたね。私はカットの技術が全てだと考えていて、上手くなるために深夜に先輩には内緒でカットモデルさんを呼んで、夜通しで髪を切っていました。正直、家にはほとんど帰らない生活を続けていたんです。

その甲斐もあり、2年でスタイリストになることができました。しかし、働いていくうちに、自分のカット技術にどんどん自信がなくなってしまったんです。確かに居心地は良いけど、自分はこの店しか知らなかったので、何を目標にすれば良いのか、誰を目標にしたら良いのか、分からなくなってしまい、このままここに居続けていいんだろうか、と思うようになっていきました。

美容師が真珠の養殖を?


そこで、3年半働いた美容室を辞め、カットスクールに通いながらフリーの美容師としての活動を始めました。美容室には面貸しと言って、美容師に場所を貸してくれる店舗があるんです。その面貸し美容室に来ている美容師さんは、独立するための準備期間の人や、カリスマとして個人の名前が売れている人など、ベテランの方がたくさんいました。私は23歳とその中では若かったので、みんなに気にかけてもらえましたね。

そんな生活を半年ほど続けてスクールは修了し、次はどうしようかと考えていまいた。ありがたいことに髪を切ってほしいと言ってくれる人はいたのでフリーを続けることも可能でした。ただ、美容室という組織の中で、教育もしていきたいと思っていたんです。自分と同じように何を目標にして良いのか、誰を目標にして良いのか分からない人のために、人として、美容師として「この人についていきたい」と思ってもらえるような人を育てる教育をしたかったんです。

そんな時、知り合いを通じてオーストラリアのパースにある美容室で働かないかと誘ってもらうことがありました。最初はロンドンやニューヨークなどの技術力が高い都市でもないし、断ろうと思っていました。しかし、一回遊びに来なよと言われてオーストラリアに行った時、これは面白そうだと感じて働くことにしたんです。初めての海外でもあり、美容室には日本人以外の様々な人がいて、言葉も通じないのが面白いなと思いましたね。

ワーキングホリデーのビザを取り、働き始めてからも英語が分からず、自分のイメージで切るしかなかったのが訓練になりました。そして、半年程そこで働き、そろそろ帰ろうかと思った時、どうせなら日本ではできない美容師以外のことも経験してみようと思ったんです。そこで、面白そうだと感じた真珠の養殖の仕事をしてみることにしました。

これは船で海に出て、ひたすら貝につくゴミなどを掃除する仕事で、船酔いは辛かったけど初めての経験で面白かったですね。(笑)また、仕事のスタイルは何日か船で海に出て、何日かは陸に上がって休日となっていたので、陸にいる期間は「髪を切ります」と街中に張り紙を出し、地元の人や旅行者の髪を切っていました。

ハサミ一本でどこまで通用するのか


そんな生活を続けると、色々な人から髪を切る仕事の連絡が来て、真珠の養殖の仕事よりも稼げるようになってきたんです。この時、それこそ自分はハサミとカットの腕だけで、世界でどこまで通用するのか挑戦してみたい気持ちが湧いてきました。

そこで、1年ほどのオーストラリアでの滞在を終え、今度は髪を切りながら世界一周をする旅に出ることに決めたんです。タイからスタートした道中では、「price is up to you(価格はあなた次第)」という看板を掲げ、滞在する場所で髪を切っていきました。1人誰かが切りに来てくれると口コミで広がって行き、色々な人に来てもらうことができました。そして、髪を切ると、お金じゃなくて家に連れられてご飯を食べさせてもらったり、マッサージなど自分の得意なことでお返ししてもらえたり、本当に様々な出会いがありました。

また、インドにある孤児院の住む家、マザーテレサハウスに行った時は驚くことがありました。そこは障害を持つ子どもたちが住んでいる家で、私はその子たちの髪を切ることでお手伝いをしました。そしてほぼ全員の髪を切り終わったところで、1人だけ部屋の隅にうずくまっている子がいたんです。話を聞くと、重度の自閉症で1人では歩けず、しゃべることもできない子でした。

最後にその子の髪を切り終えて「できたよ」と鏡を見せた瞬間、その子の目が見開いたんです。そして、すっと1人で立ち上がって、私たちの手をとって歩き出しました。ずっと喋れなかったのに、「サンキュー」と言ってくれて。

髪を切ることは、人の人生すら変える可能性すらあるんだということを目の当たりにした瞬間でした。

そして、1年半の世界一周を終え、日本に帰って来てからは、恵比寿にある美容室で店長として働き始めました。世界中を旅する中で、ニューヨークやバルセロナなど超刺激的な街で挑戦してみたい気持ちもありました。しかし、日本はやはり技術力も高く、その日本のど真ん中で勝負したかったんです。

ハサミを持つ自分と、持たない自分


元々独立することは前提だったこともあり、2年程してそのお店をオーナーから買い取らせてもらい、いろんな人の協力のおかげで「Broccoli playhair(ブロッコリー)」と言う名前で自分のお店をオープンさせることができました。

ブロッコリーでは「お客様はいない」「接客はしない」というコンセプトを掲げています。例えば、その人を家に招いた時にどうするかを考えると、それは接客ではなく、気を利かせ、その人の事を思って動く、それが一番のおもてなしだと思うんです。人と人としての良い関係・距離を築くために礼儀、誠実、謙虚、そして少しのおもいやりを大事にし、髪を切って帰る時には一歩近づいた関係になっている、そんな場を目指しています。

そういう関係だからこそ、その人の性格や、仕事、酒の席などいろんなシーンでの場面を想定して、その人に本当に合うスタイルを提供できるのがブロッコリーの強みです。昔は「カットの技術が全て」と思っていたけど、いろんな人との出会いや経験を通じて、今は技術があるのは前提で、その上に何かをプラスできるかが大事だと考えるようになっていました。

美容室はいくら仲が良くても腕がなければ2度とは行きたくないし、友だちにも紹介したいとは思えないものです。だからこそ、私たちはプロとして技術にプライドを持てるよう練習し、自分たちに自信をつけるようにしています。

広告を出して価格に惹かれて来た人をカットするより、ブロッコリーという美容室への価値に期待してくれる人たちを、かわいく・かっこよくしていきたいです。それが美容師としてやりがいのある仕事で、来てくれた人に対して責任もあり、その責任を楽しめる、そんな美容室にしていきたいです。

そんな信念をもち、これからも手が動かなくなるまで髪を切り続けていきます。

さらに、これからは「ハサミを持たない藤川英樹」の一面もプロデュースしていけたらと思っています。経営者として、ブロッコリーで働いているスタッフが独立する時には、その支援をしたり、人が集まる場としての飲食店を経営したりしたいと考えています。

まだまだ美容師としての母、経営者としての父には敵わない部分がたくさんあるので、これからも1人の人間として磨きをかけていきます。

そして、いつかは親を超えていきたいですね。

2014.12.08

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