私は大阪で生まれ育ちました。小学2年生の時にサッカーを始め、すぐに夢中になっていきました。しかし、途中からミスをして怒られることに萎縮するようになって、サッカーを純粋に楽しめなくなっていきました。

そのため、小学校卒業のタイミングでサッカーをやめることにしたんです。中学校では部活には入らず、やんちゃなグループに所属し、授業にもあまり出なくなりました。高校にも進学する気はなく、中学校を卒業したらアメリカに渡り、プロレスラーになろうと考えていたんです。

ところが、2年生の時に日韓ワールドカップが開催されると、サッカーへの気持ちが溢れ出てきました。やっぱり、サッカーが好きだったんです。

しかし、今さらサッカー部に入れないし、もしもプロレスラーになるためアメリカに渡ったら、当然、サッカーはできなくなる。そこで、高校に進学することを決めました。

私は母子家庭のため、決して裕福ではなかったので、志望校は公立高校に絞っていました。そして、周りの仲間にばれないように勉強を始めました。

すると、私の状況を察した数学の先生が、放課後にこっそりと勉強を教えてくれたんです。その先生は「中原が高校に受からなければ、俺は教師を辞める」とまで言ってくれました。この先生を辞めさせるわけにはいかないと思い、英語や国語など他の教科も必死に勉強するようになりました。

そして、無事に高校に合格することができました。先生の思いに応えられてほっとした一方、それ以上に「これで高校でサッカーができる」という思いがこみ上げてきて嬉しかったですね。