千葉県で生まれました。1つ下の弟と、6つ下の妹がいます。小学校入学前に宮城県仙台市に引っ越し、それから仙台で育ちました。

小学校では、1年生のときにマッシュルームカットをからかわれて「毒キノコ」とあだ名をつけられて以来、いじめられるようになりました。サッカークラブに所属してサッカーに熱中するなど活発な面もあったものの、いじめられっ子という立ち位置は変わりませんでした。5,6年生のころは毎日死にたいと思っていましたね。庭のブロック塀から下を見て、ここから道路まで落ちたら死ぬかな、と考えたり。中学生になっても状況は変わらず、鬱々とした日々が続きました。

小学校のころから両親は共働きで、特に父とはあまり触れ合う時間がありませんでした。中学生くらいになると、母が父と喧嘩するたびに「あの人は本当のお父さんじゃないんだからね」と言うようになったんです。むかついて言っているだけだろうと思ってあまり気にしていませんでしたが、成長するにつれ視野が広がり、だんだん状況を把握し始めました。

結果として、母の言っていることは本当だったんです。実は、物心がついたころから側にいた父は、僕と血縁関係がなく、母の再婚相手。弟と僕は1人目の父親との子どもで、妹は2人目の父親との子どもでした。ずっと普通の環境で育っていると思っていましたが、実際は違っていたんです。事実を知ったときは驚きましたが、突然大きなショックを受けたというより、徐々に受け入れていった感じでしたね。

高校2年生のとき、両親は離婚しました。離婚間際は、母が働きすぎで体調を壊し、辛そうにしているのを見ていたので、早く別れた方がいいと思っていました。僕たち兄妹3人は母と一緒に暮らすことに。母に楽をさせたい、弟と妹を守らなければという気持ちが強くあり、将来は安定して働ける公務員になろうと考えるようになりました。ただの公務員よりも、専門性があった方が食べていくのに困らないだろうと思い、検察官を目指すことにしました。