宮城県山元町で生まれました。母方の祖父がイチゴ農家で、子どものころから畑に慣れ親しんで育ちました。祖父がビニールハウスの中に僕専用のイチゴの列を作ってくれたので、嬉しくて、遊びに行ってはイチゴをたくさん食べていましたね。

両親がお小遣いをくれなかったので、小学4年から中学3年まで、新聞配達のバイトをしていました。1日13軒の配達と、月々の集金の担当でした。ものすごく怖い番犬がいたり、配達距離が遠かったりと大変なこともありましたが、子どもにしては多い収入が魅力的でした。新聞配達のほかにも、友達相手にオオクワガタを販売したり、貸金業の真似事をしたりと、自分でお金を稼いで増やすのが得意でしたね。

小学5年の時、友達からパソコンの話を聞き、強い興味を持ちました。命令したら、人間の代わりにいろいろなことをやってくれると言うんです。万能感にあこがれて、新聞配達で貯めたお金で購入しました。そこからはパソコン少年になりましたね。指示を出すとその通り動くのが楽しくて、独学で技術を身に着けていきました。

高校は仙台の男子校に進学しました。しばらくは真面目に勉強して成績がよかったのですが、3年からパチンコや女の子と遊ぶことを覚え、ろくに学校へ行かなくなりました。なんとか卒業しましたが、大学へは行けず仙台の予備校に通うことになりました。

そんな中、別れた彼女とトラブルになり、ストーカー行為をされるようになりました。付きまとわれたり、無言の電話が毎晩かかってきたり、彼女と関係のある男から恫喝されたり、精神的にかなり衰弱しました。こんなことをする人がいるというのがショックでした。寝るとき以外に心休まる時間がなく、女性不信に陥り、追いかけられて殺されるのではないかという強迫観念に襲われました。ご飯が食べられず、過呼吸になるなど、パニック障害を発症していました。

そんな状況だったので、予備校のこと、勉強のこと、将来のことは何も考えられませんでした。結局、とにかく彼女から離れたい一心で、仙台を出ることにしました。親にだけ事情と連絡先を告げて、それ以外の人間関係はすべて断ち切って東京に引っ越しました。19歳でした。