DXで広がる選択肢と可能性。音楽ビジネスの未来を考える 「音楽ビジネス×IT・DX」イベントレポート①

オンライントークイベント「音楽ビジネス×IT・DX」は2020年11月18日(水)にSHIBUYA TSUTAYAとTOOS CORPORATIONの共催で開かれました。音楽プロデューサー・作曲家の今井了介氏、DX(デジタルトランスフォーメーション)スペシャリスト 森戸裕一氏、塩塚モエカ氏(羊文学)、アーティストのタイラダイスケ氏(FREE THROW)をゲストに、SHIBUYA TSUTAYA店長 清水悠佑氏とTOOS CORP.統括マネージャー星野秀彰氏が登壇し、音楽ビジネスの未来についてそれぞれの立場から意見を交わしました。イベントの内容をレポートします。

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面白いものが生き残る。DXで加速する音楽の民主化



第一部のトークテーマは「大きな変化が訪れた2020年。どう乗りこえて、どんな未来を描き、創るのか」。ゲストに作曲家の今井了介氏、アーティストの塩塚モエカ氏(羊文学)、を迎え、SHIBUYA TSUTAYA店長 清水悠佑氏とTOOS CORP.統括マネージャー星野秀彰氏が登壇しました。

新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、世界中が打撃を受けた2020年。まず音楽を提供する場を作る星野氏と清水氏が、今年に入って起きた変化や対応についてお話ししました。 <写真②> 星野秀彰 氏|TOOS CORPORATION 統括マネージャー
19歳で渋谷のクラブにてアルバイトを始めて以後、約20年、音楽業界に身をおく。下北沢BASEMENTBAR・下北沢THREEで出演バンドの制作・ブッキング担当や店長を経て、2015年、都内7店舗を運営するTOOS CORPORATION統括マネージャーに就任。下北沢や渋谷をベースに活動するバンド事情に精通。2020年6月ローンチの音楽配信プラットフォーム「Qumomee」の開発・システム提供・運営においても、責任者を務める。


星野「私は都内で7店舗、ライブハウスを運営しています。クラスターの発生が最初に報道された場所の一つがライブハウス。感染者は出ていないものの、当社でも4月から全店舗休業することにしました。これまでずっと現場で運営してきたので、自粛期間中は何もすることがありません。

何ができるか考えて、生き延びるには配信しかないと、電子チケット制ライブストリーミングサービス「Qumomee(クモミー)を開発しました。今はこれからの展開を考えているところです」


清水「私も渋谷の街に人っ子一人いない状態を目の当たりにして、このまま人は戻ってこないかもしれないと危機感を抱きました。渋谷は情報発信の街で、中でもSNSを見るとその5割がTSUTAYAのある渋谷駅前からの発信。そのうち7割が、音楽に関するものです。ライブなどに行けない状態では、その人たちが楽しめる理由がなくなってしまうのではないかと感じました。

しかし私たちには店舗運営しかできません。何ができるか試行錯誤を重ねました。その中で特にやってよかったのは、人の感性を通してアーティストや作品をオススメする取り組み。苦境にあるアーティストや音楽業界を応援しようと、スタッフが手書きのポップを作ったんです。お客さんにもアーティストの方々にも喜んでいただけました」

音楽を提供する場の作り手が試行錯誤する一方で、アーティストにも大きな変化がありました。ただ、それはマイナスのものばかりではない、と今井氏は語ります。

今井「やはりリアルな活動の場がなくなったことが大きな変化ですね。ただ、ネットリテラシーがどんどん上がっている時期でもあったので、新しい試みが多く生まれました。たとえば、普段は会社の事情などで見ることのできないアーティスト同士のコラボです。ファンとの対面での関わりが持ちにくくなっているのは悲しいですが、トライして新しいものが生まれたのは良い変化だと思います。

音楽をやっている人は、新しいことに敏感な人種が多い。そもそもレコードができる100年前までは、クラシックも民謡も記憶の中だけに残っている音楽だったんです。それがレコードができて、CDになって、サブスクが出てきてと、テクノロジーの進化とともに新しい表現が生まれてきました。音楽は最新のテクノロジーとの親和性が高いのではないかと思います。

デジタル化が進んだことで、音楽の作り方も変わってきましたよね。CDが主流だった時は、発売日に売上1位を撮りたいから、その日がピークになるようにマーケティングの戦略を立てていました。でも今は本当に良いものを作っていたら、半年、1年後にサブスクでだんだんブレイクすることもあるんです。逆に、企業が何億円をかけたとしても、みんなが『つまんない』と言ったらそれに押されるわけです。

音楽がどんどん民主的になっていると感じます。ミュージシャン側もそれがわかって、『こういう方が面白くない?』と音楽を作っている。そういう流れになっているのがいいなと思います」

塩塚「面白いものは面白いし、面白くないものは残らない。普段からそういうことを考えていたので、音楽の先輩がそういう風に業界を見られているというのは、新鮮ですしありがたいと感じました」


発信しやすくなる時代、テクノロジーとともに変化を



新しいテクノロジーが生まれる中で、音楽業界もそれに合わせて変化してきました。塩塚氏は、コロナ以前から積極的にSNSを活用して活動してきたアーティストの一人です。 

<写真③>

塩塚モエカ 氏|​羊文学のギターボーカル
全楽曲の作詞・作曲を務める。2017年に現在の編成となり、これまでにEP4枚、限定シングル1枚、フルアルバム1枚をリリース。2020年8月19日にF.C.L.S.より「砂漠のきみへ / Girls」でメジャーデビュー。12月9日にNEWアルバム「POWERS」をリリース。ソロ活動では、時にボーカルエフェクトも使いギター弾き語りで演奏。浮遊感のあるパフォーマンスが特徴的。映画やドラマの劇伴制作、そして透明感のある歌声から他アーティストの作品への客演やCM歌唱、ファッションブランドや広告でのモデルを務めたりと活動の枠を拡げている。

塩塚「私は昔からSNSは表現の場だと考えていて、中学生くらいの時は流行っていたアメブロやミクシィに、今日着ているものを載せたりポエムを書いたりしていました。初めは表現の部分が強かったんですが、バンドを始めてから少し使い方が変わって。

よくいるライブハウスのバンドから一歩抜け出たいと思った時に、同い年くらいの、感覚の近い人に音楽を聞いて欲しいと思ったんです。好きなファッションを投稿して、今でいう自己プロデュースのようなことをちょっとずつやっていきました。それで友達も増えて、友達が曲を聞いてくれるようになって、モデルのお仕事をいただけるようになって。初めの頃に意識してやっていたことで、今に繋がったと感じています」

ライブハウスで長年アーティストの活動を見てきている星野氏も、「2、3年前から、SNSやニコニコ動画、YouTubeでバズって、ライブをやる前から何百人もファンがいるバンドが出てくるようになった。昔とは全くやり方が変わったのを感じる」と話します。テクノロジーの進化によって、アーティスト活動はどう変わっているのでしょうか?

塩塚「音楽を自由にネット上にあげられるようになったから、かっこいい音楽を作れる人はたくさんいるとわかりました。だからそれプラスアルファで、何かがないといけなくなったと思っています。技術に加えて、人となりを伝えたりとか、ファンとの距離を近くするとか、他のアーティストさんのプロデュースの仕方は日々勉強になっています」

<写真④>

清水悠佑 氏|SHIBUYA TSUTAYA 店⻑
2003年CCCに入社し、2013年よりSHIBUYA TSUTAYAに着任。2015年より店長。 2016年クリエイターに活躍する場所を提供すべく、渋谷センター街初のゲリラファッションショーを開催したり、2019年には、店舗のプライベート出版レーベルを立ち上げるなど、新しいチャレンジに意欲的に取り組む。



清水「音楽の楽しみ方や触れ合う機会、プラットフォームが増えていることは、お客さんにとってもアーティストにとってもいいことだと思うんですよね。でもだからこそ、売り出し方が多様化しているのかもしれない。その中で「良いものは良い」というのは改めて本質だと思ったのですが、楽曲の売り出し方などは3年前とこれからと、どう変わっていきそうか伺ってみたいです」

今井「先ほどCDとサブスクの話がありましたが、CDは一回買ってもらったらおしまいでしたけど、サブスクは何千回、何万回聞いてもらわないとCD1枚分の売り上げにならないんですよね。

だからサブスクは、もう一回聞きたいと思わせることが大事。3分〜3分半の曲が増えています。CDの時は4〜5分の曲もありましたし、イントロだけで1分の曲もありました。でも、今はそんな曲は聞いてもらえません。時代に合わせて曲も変化しているなと、裏で曲を提供する側としては感じていますね」


デジタルとリアル、使い分けで音楽を面白く



今井氏は音楽活動の他に、飲食店向けの先払いサービス「さきめし/ごちめし」というサービスも運営。登録店舗のメニューを先に購入し、あとで食べにいける仕組みは、コロナ禍において飲食店への支援になりました。

今井了介 氏|音楽プロデューサー・作曲家/ごちめし・さきめし 運営 Gigi株式会社 代表取締役
作曲家・音楽プロデューサー。安室奈美恵『Hero』や、TEE/シェネル『ベイビー・アイラブユー』などを手掛ける。また、作曲家・プロデューサーのエージェンシー(有)タイニーボイスプロダクションを創業・主宰。MTVアワード・日本レコード大賞・JASRAC賞など受賞歴多数。著書に「さよなら、ヒット曲」(ぴあ).。また、2018年に株式会社Gigiを設立し、2019年10月に「ごちめし」をローンチ。2020年3月には、コロナショックを受け飲食店支援「さきめし」をスタートした。



今井「元々は東日本大震災後に構想したサービスでしたが、コロナ禍でお店を支援したい人と、どうしたらいいか悩む飲食店とを繋げることができました」

塩塚「デジタルはブラックボックスみたいにみえるけれど、そんな風に鬼気迫る課題を解決することができるのかもしれないですね」

「さきめし/ごちめし」が飲食店というリアルな場の課題を解決するサービスだったように、今後はリアルな場にどうデジタルを活用するかが重要です。最後に登壇者の方それぞれが、デジタルを活用した今後の取り組みについて展望を語りました。

清水「エンターテインメントを伝えるために、僕たちしかできないこととして「熱量の見える化」をしていきたいと考えています。例えばあるアーティストのCDが出た時、オリコン1位を取らせたいからとお客さんが店舗に殺到したんです。そんな熱量に対して、僕たちも閉店時間を伸ばして応じました。そういう風に、自分たちが作ったものが世の中にどう広がり喜んでもらえるのか、見えるのが店舗のいいところだと思うんですよ。デジタルを使うことで、それを世界中へ伝えられたらと思いますね」

星野「僕らはライブができない中で、配信ができるプラットフォームを開発し、パッケージ販売しています。運営や経営はもちろんそれぞれのものですが、コロナが過ぎ去るのを待っているだけでは、ライブハウスは日本、世界中からなくなってしまうかもしれない。配信だけじゃなく物販などいろいろなことができるので、この仕組みを広げていきたいです」

今井「場を提供したり、バックヤードだったり、みんなそれぞれの立場でより良い未来になるようにアクションしていますよね。それに今日は感動しました。

デジタルとリアルは、コロナが落ち着いた後も共存していくと思います。例えばツアーをやる中で、ネタバレにならない最終日だけ、ライブと配信を同時に走らせるとか。もう一回パフォーマンスを見たい人、チケットが当たらなかった人、音楽が好きだけど人混みが苦手な人、いろいろな人が対等な条件で、多様な選択肢から選んで見ることができるようになるのではないかと考えています。そんな中で、今準備していることが意味を持つと思いますね」

塩塚「私も、コロナが収束しても配信はなくならないと思います。配信にCGを使うなど、新しい取り組みをされているアーティストさんもいて、私たちも今度VRライブの取り組みに参加する予定です。ライブを生配信する以外にも、配信という形で公演を作り込む面白さに気づいた人が、ミュージシャンにも視聴者にもたくさんいるんじゃないかと思っていて。だから音楽の配信は、これからもっと面白くなると思います」


 

<写真⑥>

 
リアルな活動が制限される中、音楽においても新しいデジタルの取り組みが始まっています。今後の可能性を感じられるセッションとなりました。

2020.12.11