DXで広がる選択肢と可能性。音楽ビジネスの未来を考える 「音楽ビジネス×IT・DX」イベントレポート②

オンライントークイベント「音楽ビジネス×IT・DX」は2020年11月18日(水)にSHIBUYA TSUTAYAとTOOS CORPORATIONの共催で開かれました。音楽プロデューサー・作曲家の今井了介氏、DX(デジタルトランスフォーメーション)スペシャリスト 森戸裕一氏、塩塚モエカ氏(羊文学)、アーティストのタイラダイスケ氏(FREE THROW)をゲストに、SHIBUYA TSUTAYA店長 清水悠佑氏とTOOS CORP.統括マネージャー星野秀彰氏が登壇し、音楽ビジネスの未来についてそれぞれの立場から意見を交わしました。イベントの内容をレポートします。<後編>

前編はこちら>>>

 
イベントの動画こちら>>>

場所の制限を超え、選択肢を広げるDX第二部は、「IT活用の先へ。これからの音楽ビジネスを躍進させるDXについて考える」がテーマです。DXスペシャリスト 森戸裕一氏、アーティストのタイラダイスケ氏(FREE THROW)をゲストに、再び清水氏と星野氏が登壇しました。まずタイラ氏が、音楽業界はどう変わったか、そこにデジタルをどう活用しているかについてお話しました。

タイラダイスケ 氏|FREE THROW

新進気鋭のバンドと創り上げるROCK DJ Partyの先駆け的な存在であるFREE THROWを主催。DJ個人としても日本全国の小箱、大箱、野外フェスなど場所や環境を問わず、年間150本以上のペースで日本全国を飛び回る、日本で最も忙しいロックDJの一人。また過去にはライブハウス「新宿MARZ」の店長を務め、現在はデジタルディストリビューションサービス「FRIENDSHIP.」のキュレーターを務めるなど活動は多岐に渡っている。





タイラ「ここ10年くらい、年間150本全国で公演をしてきました。今年はそれが大幅に減っていて、どう新しい場を作るかが大事だと感じています。オンラインで発表できる場を模索していますね。第一部でも話されていたように、オンラインがリアルな現場の代わりにはならないとも感じていて。リアルをそのままオンラインにすればいいというのではなく、違う楽しさをどう出せるかが大事だと感じています」


アーティストのLIVEも配信が増えており、特に若い世代はほとんどが配信を見たことがあるそうです。そんなタイラ氏の話を受け、改めてDXやITとはなんなのか、音楽業界はどう変わるのか?専門家である森戸氏がお話ししました。


森戸「私も年間200回ほどセミナーをしていましたが、今年はオンラインになって移動時間がなくなるので、300から400回になる予定です。


露出が増えると価値が下がるように感じる人がいるかもしれませんが、そういう訳ではありません。コンテンツが良ければ、回数が増えても内容は劣化しない。コンテンツさえ良ければ、露出を増やした分ファンが増えるんです。


レコードがCDになったりサブスクになったりするように、自分たちは変わらずにツールが変化するのがIT。一方で、すでにデジタル化した社会に対し自分たちがどう変容するかがDXです。今回のコロナ禍で社会のデジタル化が進んだ中、音楽業界の方々がDXすることで、僕は新しいファン層を開拓するチャンスが広がったと考えています。


加えて、デジタルが広がったことで、渋谷や下北など感度の高いエリアの人と、そうでない地方の人が繋がれるようになった。デビューを目指したり、演奏したりする人が増えるので、これからの音楽業界はもっと良くなるのではないかと感じています」


森戸裕一 氏|DXトップスペシャリスト

一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会 代表理事、ナレッジネットワーク株式会社 代表取締役社長、総務省地域情報化アドバイザー、内閣官房シェアリングエコノミー伝道師、一般社団法人ネットショップ能力認定機構 理事、サイバー大学 教授、国立大学法人名古屋大学 客員教授、NPO法人学生ネットワークWAN理事長、ビジップ株式会社 代表取締役、PORTO株式会社 代表取締役著書に「人と組織が動く中小企業のIT経営」日経BP社/「変われる会社の条件 変われない会社の弱点」(good.book社)。




森戸氏は、デジタルの普及によって場所の制限なく繋がれるようになったことを指摘します。どこに住んでいるかに関わらず、様々な人やコンテンツに触れることができるようになりました。そのため、学びの速度も上がると話します。国内外に関わらず、その道のプロから学ぶことができるからです。


これに対し、ライブハウスで様々なバンドを長年見てきた星野氏は、デジタルを生かした学びにより音楽業界にも変化が起きていると話しました。


星野「一時期から非常にテクニックのあるのバンドが急増しました。どんな突然変異だと思いましたが、同じようなことが起きていたのかもしれません」


DXというと敷居が高く感じますが、清水氏は若い世代ほど、デジタルを活用することが普通になっていると話します。


清水「うちの子どもも、スマートフォンでYouTubeを見て、ゲームをして、TVも見てと、3画面で楽しんでいました。そんなデジタルネイティブ世代からは、僕らの想像もできないようなものが生まれるんじゃないかと感じています」


デジタルによって場所や時間の制限がなくなったことで、これからの世代は様々なことが可能になります。海外のプロから学ぶことも、身近になってくるでしょう。例えば、英語を学びたかったら、オンラインで本場の先生に習えばいい。


ただそうなると、日本に英語の先生はいなくなってしまうのでしょうか?森戸氏は、そこには「別のマネタイズポイントがある」と話します。


森戸「DXの話をすると、よく今やっている人たちが食べられなくなるんじゃないかという質問を受けるのですが、全くなくなる訳ではないと考えています。これからの日本は人口が減るので、職業を減らしていく必要が出てくるのは確かです。しかし、音楽業界でも、配信があるからライブハウスやTSUTAYAに行かないわけではないと思うんですよ。ただ視聴するのと、実際に会ったり誰かと盛り上がったりすることには別の価値があります。そこは、マネタイズポイントを区別しないといけません。デジタルを前提に、サービスや価格の設計をすることもDXなのです」


これからの音楽業界に重要なのはプロデューサー


次のテーマは、これからのアーティストは何をしていくべきなのか。タイラ氏は、デジタルによって学びが促進されることを歓迎する一方で、「演奏が上手くなるのとかっこよくなるのはイコールではない」と話します。


タイラ「みんなが当たり前のように演奏がうまかったら、逆に弦の張り方を間違っているようなバンドの方がかっこよく感じるかもしれないですよね。これからは、ただ技術があるだけでないセンスが必要になると感じています。


今、デジタルによって技術を習得したり、出会いを効率化する場ができてきています。つまり、住むところに限らず選択ができる場ですね。その広がった選択肢の中から、どう取捨選択をするか。次のアーティストは、その組み合わせのセンスを問われるのではないかと思っています」


星野「実際に、今までの感覚ではありえないような組み合わせの音楽が生まれていますよね。ここ数年、オリジナリティのあるバンドが増えてきた感覚があります」


星野秀彰 氏|TOOS CORPORATION 統括マネージャー

19歳で渋谷のクラブにてアルバイトを始めて以後、約20年、音楽業界に身をおく。下北沢BASEMENTBAR・下北沢THREEで出演バンドの制作・ブッキング担当や店長を経て、2015年、都内7店舗を運営するTOOS CORPORATION統括マネージャーに就任。下北沢や渋谷をベースに活動するバンド事情に精通。2020年6月ローンチの音楽配信プラットフォーム「Qumomee」の開発・システム提供・運営においても、責任者を務める。



組み合わせによる新しいオリジナリティの創造。これに対し、森戸氏はこういったクリエイティブが、ビジネスの世界でも必要とされていると話します。


森戸「ビジネスができる人は、モノマネが上手いんですよね。これまでは、あるものを真似して転用することで上手くいっていました。でも今は、一から価値を作るべき時代。ビジネスの世界がクリエイターを求めています。クリエイターの方が今ビジネスの世界に来たら、引く手数多ですよ。


オンラインを活用すれば、定時に出社しなくても副業として働くこともできます。多くの人が複数の仕事をもち、ビジネスとクリエティブの間を行き来するのが日本の理想の形だと思います」


ただ、ビジネスの世界にアーティストが入ったとしても、下請けのような働き方になってしまうことが多くあります。それを防ぐために、今後はプロデューサーが必要になると言います。


森戸「ビジネスサイドとアーティストをつなぐ役割がプロデューサーです。アーティストと一緒に考え、その良さを引き出してくれる。アーティストを知らないとできないので、ビジネスサイドではなくアーティストの側からプロデューサーが増えると考えています」


さらに、プロデューサーには、ビジネスとアートをつなぐ以外にも役割があるようです。


清水「私は人に決められるのではなく自分で決めたいと、世界一の企画会社をうたっていたこの会社を選びました。選べるというのは良いことですが、選択肢が増えていく中で、選ぶことが難しくなるとも感じています」清水悠佑 氏|SHIBUYA TSUTAYA 店⻑

2003年CCCに入社し、2013年よりSHIBUYA TSUTAYAに着任。2015年より店長。 2016年クリエイターに活躍する場所を提供すべく、渋谷センター街初のゲリラファッションショーを開催したり、2019年には、店舗のプライベート出版レーベルを立ち上げるなど、新しいチャレンジに意欲的に取り組む。



清水氏の問いに対して、森戸氏は「選択肢が見えるのは良いことですが、より良い選択肢を選んであげる人は必要になる」と話しました。


森戸「ただそれは誰でもできるわけではないので、多くの選択肢を知っている人が地方などに移住していく流れができると良いと思います」


プロデューサーが必要なのは、音楽業界の中だけではありません。業界をまたぎ、今まで繋がっていなかったものを繋いで価値を生み出し、それを必要とする人とも繋いでいく。そんな仕事の重要性が高まっていくとのことでした。


出会いを力に共創する時代へ



最後に、音楽ビジネスのこれからについて話が進んでいきました。


星野「以前はライブをやるにしても、ビラを手配りしていました。ここ20年で幅広く告知ができるようになりましたが、この先はどうなるでしょうか?」


星野氏の質問に対し、森戸氏は、「ネットフリックスのように、ビックデータをとってレコメンドをする時代になる。人工知能が入れば、本人が聞いた音楽や検索した情報などから嗜好性を推測できるようになる」と答えました。


一方で、タイラ氏は以前、オーダーメイドでプレイリストを作ったところ大変喜ばれたと言います。DJの、人間の感覚で選ぶものだからこその価値に言及しました。


森戸氏もこれに同意。「テクノロジーだけでは物足りないと感じる部分ももちろんあると思います。テクノロジーと喧嘩するのではなく、今あるツールと上手く組み合わせていくことが、一つのプロデュースのやり方だと思います」と話しました。


選択肢を広げるツールを上手く使いながら、人の感覚でしか補えないものを生かしていく。デジタルとリアルの両輪で物事を進めることの重要性を確認していました。


業界は近いとはいえ、それぞれ違った立場で活躍されている4人の登壇者の方々によるセッション。最後の感想では、それぞれが新しい発見があったと話している姿が印象的でした。


清水「様々なことが強制的にできなくなってしまった中で、人と手をつないでみると、今までできなかったことができるようになりました。人と人とが手をつなぐパワーはすごいと改めて感じているので、今日の出会いもきっかけの一つにして、新しい価値を生み出していきたいと思います」


デジタルを活用すれば、地域が離れていても、年代や業界が違っても、出会って話すことができます。これまでにない出会いから、新たな気づきや取り組みが生まれる可能性が広がっていく、そのことを実感できるイベントでした。音楽業界の今後がますます楽しみです。

2020.12.11