「ワークライフミックス」に適した空間を。
グローバルな視点で描く、新時代の空間づくり。

another life.で取材させていただいてから数年。「あの人」はその後、どんな道を歩んでいるのでしょうか?ライフストーリーの続編をお届けします。

***

スイスの家具メーカー・ヴィトラの日本法人の代表となり、ただ家具を売るのではなく、未来の空間の価値創造に取り組んでいた片居木さん。大手IT企業や高校の職員室など、様々な空間を手がける中で、突如襲ってきた新型コロナウイルス感染症。リアルでの接触が困難になる中で、片居木さんが見出したコロナ後の空間の価値とは?お話を伺いました。

片居木 亮

「働くための空間」を提案する
スイスの家具メーカー、Vitra(ヴィトラ)株式会社代表取締役・アジア統括責任者。埼玉県所沢市育ち。スノーボードに関わって生きていこうと大学卒業後はカナダへ。同世代に刺激を受け帰国し、商社を経て輸入家具の代理店に就職。Vitraの家具を扱う中で、Vitraの日本法人立ち上げにあたり、販売責任者として入社。シンガポール、中国市場の営業責任者を経て、日本法人の社長に就任する。2020年よりアジア統括責任者を兼任。

プロフィールを見る
片居木 亮さんのストーリーを
最初から読む

空間の意味づけを変える


Vitra株式会社の日本法人の代表として、家具の販売に加えて、未来のオフィス空間の探求を続けていました。例えば、大手IT企業のコワーキングスペースの一角を借りて「ジッケンオフィス」をつくったような、働く人のコミュニケーションを活性化する空間のデザイン。実験的な取り組みをするとともに、その内容を発信して社会に価値を提供しようとしていたのです。

ある日、ジッケンオフィスの取り組みを見たと、島根県の高校から連絡がありました。「先生の働き方改革をするために、職員室を改革したい」というのです。

先生は多忙で、残業時間を減らそうとすると、どうしても生徒との時間を減らさなければならなくなってしまいます。個々の先生は努力しているけれど、それだけでは限界があるというので、空間から変えられないかと考えたそうです。

校長先生が会社までいらしてくださいましたが、やったことのない取り組みですし、まず先生側に変わる意識がないとうまくいかないと感じました。職員室は、何十年も決まったレイアウトで作られています。そういう空間は、そこにいる人の考え方も固定化されやすい。だから、突然空間だけを変えて新しい環境にしても、フィットしない可能性が高いのです。結果として話はまとまりませんでした。

しかしその後、もう一度連絡をいただいたんです。帰った後、校長先生が撮影したうちの会社のオフィスの写真を見せながら、学校の先生とワークショップを開いたそうで。どういう問題があって、どう変えれば改善できるのか。みんなで考えた結果、先生それぞれに改善の意識が芽生えたというのです。それを聞いて、できるかもしれない、と思い、島根の高校へ向かいました。

実際に職員室に行ってみて、まず目についたのは大量の書類の山。決して広くはないスペースでしたが、書類を減らせば活用できる部分を増やせると感じました。加えて、先生は教室にいる時間が多く、職員室の自分の机は作業場所として使っていて。実は使用している時間は短いんです。日中は外出をしているような営業が多い会社のオフィスと似ているので、自分たちの知見を活かせるのではないかとも思いました。

何十年も変わっていない職員室に、デザインで何かできることがあるんじゃないか。そう感じて依頼を受けることに決めました。

新しい空間づくりで大事にしたのは、「先生と生徒のための空間」を設けることです。職員室って、入るときに「何年何組、誰々です。入ります」と所属や名前を言うことが多いじゃないですか。それをやめて、職員室の半分を生徒に解放する形にしたんです。視覚的な間仕切りはするものの、生徒が入りやすい仕掛けをしました。すると、職員室も生徒に見られる環境になるので、先生の意識も変わるんです。

加えて、ペーパーレス化も進めましたね。僕らが任せられている範囲ではIT化まではいかなかったですが、積み上げられた書類をしっかり整理して、紙を減らす工夫をしました。

先生が作業する空間から、生徒と先生が共有する空間へ。学校自体が「生徒と先生の対話」を重視していたので、校風を体現する職員室になりました。

長年変わらずにいた職員室を触ったことに対して、様々な意見もありました。でも、それ以上に教育関係者からのフィードバックを受けられて。オフィスに加え、教育関係の講演の機会や仕事の依頼をいただけるようになりました。

ワークライフミックスの重要性


働く場所であるオフィスや職員室で実験的な取り組みを続ける一方で、家の環境にも目を向け始めました。

私自身、家でもメールチェックをしていましたし、どの会社でも終業時間きっちりにパソコンを落とし、完全に仕事から離れるのは難しいはず。仕事と生活を切り離してバランスをとる「ワークライフバランス」ではなく、これからの時代は仕事と生活が一体となった「ワークライフミックス」が重要になると思ったのです。

そこで、家での空間づくりにも力を入れるようになりました。家はオフィスと違って、空間の制限があります。仕事をしたいからといって、いきなり書斎を作れる訳ではありません。となると、今ある家をどう機能的に使うかが問われます。

例えば、普段の生活の横で作業ができるよう、ダイニングテーブルを少し大きくしてあげたり、長時間の着席が楽になるよう、オフィスチェアを1台導入してあげたり。スクリーンを用意して視線を区切る、ソファの隣にサイドテーブルを用意するなども有効です。限られた空間で機能を拡張できるよう、ワークライフミックスを視野に入れた提案を進めていきました。

2019年になったころ、2020年から日本だけでなくアジア地域全体の責任者になることが決まりました。これまではヨーロッパから責任者が来ていたので、どうしても文化的な違いがあり、見ていて歯がゆいところがありました。中国の市場を見ていた経験からアジアのお客さんを知っている感覚もあったので、責任者になれることは嬉しかったですね。

アジア各国を周り、着任の準備を整えました。7割くらいは中国や東南アジアに滞在し、残りを日本で過ごそうとプランを立てていました。

コロナ禍での、空間の価値の再認識


しかし、2020年に着任してすぐ、新型コロナウイルス感染症が世の中に蔓延し始めたのです。様々な事業者が経済的に大きな打撃を受けました。家具は比較的安定して売り上げをあげられる商品ではあるものの、密を避ける中でオフィス不要論が出るなど、会社として厳しい状況に立たされたのです。

私自身、海外渡航ができなくなったことで、アジアの責任者を務めるのは難しいのではないかと思いました。しかし、デジタルを使って仕事ができていたんです。オフィス空間の価値を考えて来たのに、オフィスがなくても働けてしまった。自分のやってきたことは正しかったのかと、自らに問いかける日々が続きました。

一方で、日本法人の代表として、社員のケアをする必要がありました。出社を制限し、在宅手当を出すなど、さまざまな対応をしていきました。全員がリモートワークに移行するのは初めてのことだったので、社員にも「問題なく仕事できていますか?」と頻繁に聞いていました。「できています」という回答がほとんどで、安心する一方で葛藤もありましたね。

そんな中、ある社員が「会っていた時の貯金があるから、それを切り崩して仕事ができている気がします」と言ったんです。なるほど、と思いました。僕らは小さな会社なので、深く一緒に働いています。その時間があったから、リモートに移行しても仕事ができているのだと納得しました。

それは一方で、根っこには直に会っていたアナログの時間に価値があることを意味します。自分が考えてきた、人と出会う空間には意味があるのだと再確認することができました。人との出会いからコミュニケーションやコラボレーションを生み出す場として、オフィスにはやはり価値があると思えたのです。

ただ働いているかどうかを監視するためのオフィスは必要なくなるかもしれませんが、人との出会いはなくならない。だとしたら、デジタルでできることとアナログでやった方がいいこととを分けた上で、新しい空間のあり方を考えるべきだと思いました。

世論も、緊急事態宣言が解除されてしばらく経つと、オフィスが全く不要と見るのではなく、出社する動きが増えてきました。ただ、どの企業もリモートへの移行は緊急だったため強制的に行ったものの、アナログに戻すかどうか、戻すとしたらいつ、どうやって戻すのかに悩んでいるように見えました。

コロナで家でも仕事できることがわかった今、今後はワークライフミックスがより進むだろうと予想できました。そこで、海外の会社である利点を生かし、海外の事例などを国内で発信し始めたんです。

新たな時代の空間づくりを


今も、スイスの家具メーカー「ヴィトラ」のアジア統括責任者・日本法人代表を務めています。今後はどんどん働くと暮らしがミックスしていき、個人が場所にとらわれるのではなく、目的に即して主体的に場所を選ぶようになっていくでしょう。

そうなった時、働く空間としてのオフィスや家は、どうあるべきなのか。自分の経験や知見、海外の会社である利点を生かし、困っている企業の課題解決に貢献したいと思っています。

例えば、ワークライフミックスが進んだ場合、どんなオフィスが求められるのか。スイス・チューリッヒのある会社は、体育館のように間仕切りのない、広いスペースをオフィスにしています。そこに可動式の間仕切りや机、椅子があり、ユーザーが目的に応じて空間を作り変えられるようにしているんです。

オフィスは通常、会議室やセミナールームを分けるなど、目的を設定してつくりがちですよね。しかし可変性のあるオフィスであれば、距離をとった会議スペースにしてもいいし、コラボレーションスペースにしてもいい。さまざまな変化に対応して組み替えられるんです。可変性を備えたアジャイルな環境づくりが重視されています。

こうした事例などをシェアしながら、コロナ後の空間づくりを考えていきたいですね。個人が意識的に場所を選ぶようになれば、オフィスだけでなく、家もホテルもコワーキングスペースも、さまざまな空間が変わってくるはず。空間でのコミュニケーションの仕方にも変化があるでしょう。そういったさまざまな変化に対応し、新しい時代の空間づくりをしていきたいです。

2020.11.12

インタビュー・ライティング | 粟村千愛
ライフストーリーをさがす
fbtw

お気に入りを利用するにはログインしてください

another life.にログイン(無料)すると、お気に入りの記事を保存して、マイページからいつでも見ることができます。

※携帯電話キャリアのアドレスの場合メールが届かない場合がございます

感想メッセージはanother life.編集部で確認いたします。掲載者の方に内容をお伝えする場合もございます。誹謗中傷や営業、勧誘、個人への問い合わせ等はお送りいたしませんのでご了承ください。また、返信をお約束するものでもございません。

共感や応援の気持ちをSNSでシェアしませんか?