自分で考え、決断することの大切さ。
個人をエンパワーメントするインフラをつくる。
小田急電鉄株式会社で、イノベーションラボ「IFLATs(アイフラッツ)」を立ち上げた阪川さん。フォーカスしたいのは個人の生き方、働き方だと話します。その想いとは?お話を伺いました。
阪川 尚
さかがわ ひさし|小田急電鉄株式会社経営戦略部課長兼IFLATsチーフプロデューサー
2002年、小田急電鉄株式会社入社。駅務係を1年経験したのち、用地買収、収容業務、事業認可申請などを担当。その後、4年間で商業施設の運営を行う。地域を盛り上げるため、情報誌『ATSUGI LOVERS』を発行。2012年に沿線事業部に異動し、学童保育事業やペットケア事業を立ち上げ。財務部を経験後、社内事業アイデア公募制度climbersに応募。実装に向け2019年から経営戦略部にて新規事業創出を担当する。
なんで?の理由を見つけたい
大阪府吹田市で生まれ、3歳以降は岸和田市で育ちました。何事にも「なんで?」と疑問を持つ子どもでしたね。特に自然にあるものが、なぜそうなっているのかに興味があり、植物や昆虫や魚をひたすら観察したり、プラネタリウムで星を見たりしていました。
加えて、父が大学時代に化学系の研究をしていたことから、家には実験キットや化学関連の本がたくさんあって。コンクリートが何でできているのか気になって、小石と砂利と砂を混ぜてコンクリートを作ってみたこともありました。
そんな興味がいきすぎることも。田んぼの用水路で水の流れ方を実験したくなって水路の方向を変えて実害を発生させたこともありました。よく怒られていましたね(笑)。何事も、理由が知りたかったんですよね。みんなが言っているから正しいというような風潮は嫌いで、合理的に説明してほしいと思っていました。
中学校に上がる時、家族で神奈川県に引っ越しました。引っ越した先で入学したのは、いわゆるお受験校。みんなが勉強ばかりを大事にしている様子に違和感を覚えました。岸和田では、祭りがあっていつも賑やかで、たくさんいる親戚達も好きなことをやって楽しく生きているように見えました。でも、新しい学校では部活もしないで勉強だけやっている人が大半でした。笑っている人も、岸和田に比べて少ないんですよね。みんな楽しいのかな?と疑問でした。
なんで勉強するのか聞いても、誰も答えてくれません。理由のないことをやらなければならない意味がわかりませんでした。
加えて、岸和田では喧嘩もあるけれど、なんでも言い合える関係性があったんですよね。でも、新しい学校ではそれもない。疑問に思ったことがあっても解決しようとせず、本気で向き合おうとしていない雰囲気に強い疑問を感じました。言いたいことを言い合って、疑問を解決しようと本気で向き合える関係の方が良いのに、とモヤモヤしたんです。なんでこんなに違うんだ?と感じて、人に興味を持つようになりました。
モヤモヤの解決策を求めて
高校は、神奈川県のマンモス校へ。勉強だけをするのではなく、様々なことに興味がある人が多くて面白かったですね。理数系が得意でしたが、人への興味の延長で、組織運営や経営にも興味を持ち始めていたので、大学は文系を選びました。
大学では、2年生からラグビーを始めました。楽しそうなので、チームスポーツを本格的にやりたくなって。ラグビーで使える身体にするために、たくさん食べたり、筋トレしたりすることから始まり、高校からラグビーを続けているメンバーから戦術を教えてもらったりと、のめりこみました。
3年生の時には主務を務めました。練習試合の他校との調整、ラグビー協会関係の窓口、合宿の手配等の運営に必要な実務をやって、自分で決めて、実行して、チームがそれに基づいて動いていくというプロセスを経験できました。
ラグビーのオフシーズンは、できる限りいろいろな人に会いたいと思い、月に何度も50人規模の飲み会を企画し始めました。時間が限られている中で多くの人に会おうと思ったら、まとめて会うのが良いと思ったんですよね。ただ飲むだけだとつまらなくなってきたので、テーマを設定して開催するようになりました。
学生だけでなく、サラリーマンやスポーツ選手、国家公務員や銀行員、年齢も職種も様々な人たちが参加してくれて、異業種交流会に。携帯電話ではアドレス帳に連絡先が入りきらなくて、3台ほど持っていましたね。
そんな中で、中学生のころ感じたモヤモヤを解消したいという思いが強まっていきました。理由のわからないことになんとなく取り組むのではなく、自分で感じた疑問を自分で解決できるような人を増やしたいという思いです。
気の合う仲間は自然とそんな人が集まるから、同じような感覚を持つ人の輪を広げていければ良いのではないか、と考えました。一方で、考え方はエリアによって違うんじゃないかという仮説もあって。もしそうなら、エリアの中の人と人の交流や経験次第で、そんな考え方を持つ人を増やせるのではないかと。
そんな思いを軸に就職活動をして、地域文化への愛着を持って仕事ができる鉄道会社を志望。全国区の会社の選考にも残っていましたが、最終的に小田急電鉄株式会社に入社を決めました。より地域に密着した事業ができるところが魅力だったんです。
一歩踏み出さなきゃ変わらない
最初の1年は新百合ヶ丘駅で駅員をし、次の年から用地買収を担当しました。線路を敷くために必要な土地を購入する仕事です。地権者の方と交渉して買収を進めていくのですが、何十年も続いているプロジェクトですし、一部交渉が難航している状態でした。
入社して二年目の私は、根拠のない自信を持っていました。二人一組で動くのが原則で、部のベテランの先輩方から交渉術を学ぶのですが、先輩方からすると扱いづらい若手だったようです。交渉用の資料の用意を命じられて準備して行ったら、現場では大先輩が別に用意していた資料が出てくる、なんてことは普通でした。修行でしたね。それでも、腐らず仕事をしていった結果、徐々に提言が通るようになりました。
しばらくして、用地買収から行政との交渉をする事務に変わり、事業認可申請を担当することになりました。国交省との交渉の仕事をほぼ一人で行っていました。手続きをするにあたって、事業の妥当性を証明するために、将来の交通需要予測を出したり、地元で説明会をしたり。交渉相手は官僚から地元の関係者までさまざまです。守備範囲が広く振れ幅の大きい日々を送っていました。かなり大変でしたが、自分で考え実行できる環境だったので、仕事は楽しかったですね。やりたいことだけやれるのが仕事じゃないから、今は勉強、頑張ろうと思っていました。
最終的には、取得予定だった土地を100%買い切ることができました。日本全国で道路拡張やトンネル、ダムの建設など、様々な理由で用地買収が行われていますが、その中でも比較的速く完了することができました。何十年にもわたって先輩方が進めてきた仕事の最後の部分を任せてもらい、無事に完了できたことに達成感がありました。
計画よりも用地買収を早く終わらせたことで、時間ができました。先々、部署異動があることはわかっていたので、それまでの間に、自分で企画をして何かやってみようと考えました。会社に求められるパフォーマンスはもちろん発揮すべきですが、個人のパフォーマンスを上げるために、チャレンジすべきだと感じたんです。会社が死ぬまで全部面倒を見てくれる訳ではありませんし。
その頃、会社では沿線の活性化のために、都市型貸し菜園事業を始めていました。菜園を屋上に作るという取り組みは、その頃全国でも誰もやっていなかったんです。この事業を社外にPRし、同時に社内の横のつながりを作るためのイベントを考えました。
大学時代に始めた飲み会は社会に入ってからも続けていたので、横のつながりを作るための基礎は自分なりに得ていました。加えて、この飲み会を一緒にやっていたのが、貸し菜園事業の担当者。事業への強い思いを聞いていたこともあり、やってみようと思ったんです。都内の公園で行われていた環境イベントに、小田急電鉄の環境活動の一環として出展しました。
漠然と、世界を変えたいという思いがありましたね。感じていたモヤモヤを解消する、自分で感じた疑問を自分で解決できる人を増やせるような取り組みがしたいと。その第一歩として、考え方に共感してもらえるようなキャッチコピーを作ろうと、賛同してくれたメンバーと議論を重ねました。
「エコ」という言葉がもてはやされている時代、なんでもかんでもエコと言われる風潮にも違和感を覚えていて。そこで、あえてエコという言葉を使わず、環境についてまずは考えようという意味を込めて「Think Green」というコピーを作りました。
イベントは盛況。翌年も継続で出展することになりました。2年目には、会社と菜園事業においてパートナーシップを結んでいたフランスのライフスタイルブランドと協業で「Think Green」のメッセージが入ったTシャツを製作。そのコピーをブランドのフランス本社が気に入って、コピーを扱いたいというご連絡をいただいたんです。理念を共有できるのであればと、そのブランドでもコピーを使っていただくことにしました。自分たちが考えたコピーが引き継がれ日本中で展開している店舗で使われているのを見ると、すごくテンションが上がりましたね。
そんな活動をしている最中、部署異動があり、小田急が持つ沿線の商業施設の担当になりました。わからないことだらけでしたが、先輩や異業種交流会で知り合った人たちにいろいろと教えてもらって、知識をたくさん詰め込みました。
現場を学んで、調査をした結果、地域に密着した、地域情報誌を発行することにしました。地元の人に話を聞くと、商店街がどんどん廃れて、地域に愛着を持てなくなっている人が多かったんです。地元の人たちが自分の地域を好きになれるような取り組みをしようと考えました。地域の方に喜んでいただけて、取り組みは長く継続するものに。ここでも達成感を得られました。
商業施設の部門に4年いて、沿線事業部という部署へ移りました。新規事業担当として、学童保育やペット施設の立ち上げを担当。新しいものを作れたことは自信につながりましたし、達成感もありました。しかし、どこかモヤモヤが解消されていない自分がいて。人が、自分で感じた疑問を自分で解決して進んで行けるようになる、もっと人に焦点を当てた事業ができないかと思ったのです。
人の一歩を後押ししたい
その頃、財務部に異動しました。鉄道の現場を支える技術職の人たちが、一時的に配属される部署。高校卒業後に入社した人が多く、自分たちのできることはここまで、と考えている人が多いように感じました。でも、話を聞いてみると、変わった趣味や強い想いを持っていたり、考えを深掘りできたりと、みんな光るものを持っているんです。
特徴がある人ばかりだったので、もっと個々人の特性を生かしながら仕事ができないかと考えるようになりました。それで、それぞれにやってみたいことを聞いてみたんです。
ある人は、美術館に興味があるけれど、行ったことがないから行ってみたいと言いました。高校を出て働いて、すぐに子どもが生まれて父親になって、行く機会がなく、今さら美術館に行きたいなんて恥ずかしいから言えなかったと。じゃあ行ってみようと、一緒に美術館に行きました。
ワイングラスを回しながらワインを飲んでみたいとか、やってみたかったけれどやれないと決めてしまっていることを、一緒にやってみるんです。本当に些細なことですが、周りからの反応が良かったり、やってみたことで物事の捉え方が変わったりすると、次のアクションに繋がりました。会社の中でこういうことをやってみたいと、会議の中で発言できるようになったり、少しずつ良いドライブがかかった感覚があったんです。
一緒に働いたメンバーは、別の部署に戻った後も、それぞれが様々な活動をしていきました。新規事業の立ち上げに加わった人もいますし、勉強に目覚めて建築士の資格を取りにいった方もいます。みんな、会社で働く中で、無意識のうちにやっちゃいけないと思っていることがある。でも、そのタガを外すことができると、人間はいくつになっても変われるんだと実感しました。こんな風に、もっと一人ひとりの興味を伸ばせるような事業を作りたいと思ったんです。
どうしたら人はより楽しく生きられるのか。変わっていったみんなが楽しそうだったのは、何が良かったのか。リサーチを重ねていきました。自分がずっと抱えてきたモヤモヤを解消する、根本的に人にフォーカスしたものを作りたい。リサーチ結果を元に出したアイデアを、社内の新規事業アイデア公募制度に応募。採択され、事業化に向け動き出しました。
自分で考え、決める人生を
今は、小田急電鉄株式会社の経営戦略部で、新規事業の立ち上げを担当しています。その動きの一つとして、変化の時代を生きる「個人」のためのイノベーションラボ、「IFLATs(アイフラッツ)」を立ち上げました。
創業時、小田急の親会社は電力会社でした。電気を作り、次に電車を通し、バスを走らせ、駅前に商業施設を建ててと、暮らしを豊かにするために様々な事業を行ってきたグループです。時代が変わっていく中で、今後は個人のエンパワーメントを通して社会のインフラを作っていけるのではないかと考えています。このラボでの活動を軸に、会社や他人に何かを言われたからではなくて、自分で考え悩んで選択し、進んで行ける個人を増やしたいと思っています。
IFLATs発で、個人をエンパワーメントするために「PRAIL(プレイル)」というウェブサービスのβ版も公開しました。これは、自分の活動記録を元に、他者とコミュニケーションを取ったりスキルのフィードバックをもらったりできるツールです。
スキルとは、個人の強みや能力のこと。これは仕事だけではなく、生活の中の活動や経験を通じて培われるものです。でも、多くの人は自分の持っているスキルに自覚的ではないことが、リサーチの中で明らかになりました。プレイルは、自分のスキルを棚卸しし、見える化することができるツールです。これを使うことで、まず自分の持っているスキルを自覚し、それを元に自分で考え決断し、主体的に動ける人々が増えるといいなと思っています。
会社に言われたからとか、社会がそうだからではなく、自分を主体として動ける人たちが増えれば、もっと世の中は楽しくなるし、仕事の効率も良くなるはず。何より、個人がより笑顔で幸せに生きられるようになればと思うんです。自分で考え決断できる人を増やしていくために、様々な企業や個人と連携して進んでいきたいです。
2021.02.26
阪川 尚
さかがわ ひさし|小田急電鉄株式会社経営戦略部課長兼IFLATsチーフプロデューサー
2002年、小田急電鉄株式会社入社。駅務係を1年経験したのち、用地買収、収容業務、事業認可申請などを担当。その後、4年間で商業施設の運営を行う。地域を盛り上げるため、情報誌『ATSUGI LOVERS』を発行。2012年に沿線事業部に異動し、学童保育事業やペットケア事業を立ち上げ。財務部を経験後、社内事業アイデア公募制度climbersに応募。実装に向け2019年から経営戦略部にて新規事業創出を担当する。
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