私は埼玉県新座市で生まれました。小さな頃から保守的な性格で、父が公務員だった影響もあり、将来は公務員になって定時で帰る生活を送ると思っていました。

しかし、高校卒業時に、母から「保守的過ぎる」と言われ、外の世界に目を向けさせるためにと、母と兄と3人でイタリア旅行に行くことになりました。初めての海外旅行。正直、少し遠出するのも面倒だと思う性格だったので、乗り気ではありませんでした。ただ、母も兄も英語を全く話せなかったので、「自分が何とかするしかない」と思い、現地では必死にコミュニケーションを取りました。

すると、思った以上に話すことができ、嬉しく感じました。視野も広がり、この感覚をもっと味わいたいと思うようになったんです。

そのため、大学では、法学部に所属しながらも、語学の勉強に夢中になりました。英語と中国語を学びつつ、留学生の友達との交流も増えていき、3年生の時には、友達に誘われて台湾に遊びに行くことにしました。

すると、中国語はそれなりに勉強していたので、少しは喋れるかと思っていたのですが、思った以上に意思疎通できませんでした。この時、言葉が通じたらもっと楽しいんだろうなと感じ、ちゃんと勉強したいと思いました。また、台湾大学のキャンパスを案内してもらうと、そこはのびのびした空間ながら、みんな勉強に集中していて、「ここで勉強したい」と感じたんです。

そこで、台湾に交換留学に行くことを決め、4年生になる時に日本を発ちました。初めは勉強についていけず、「何で来てしまったんだろう?」と、部屋から出られなくなるほど落ち込んでいました。しかし、徐々に生活に慣れてくると、留学に来たばかりで自分と同じように悩んでいる人の相談に乗るようになりました。

すると、留学生寮長を任せてもらうことになったんです。そして、留学生を取りまとめてイベントをしたり、みんなの相談に乗ったりするようにもなりました。