神奈川県の鎌倉で生まれました。1歳から10歳まで千葉県船橋市で過ごし、父の転勤で、小学5年生の頃に兵庫県西宮市に引っ越しました。夏休みやお正月は、両親の実家である佐賀に毎年帰省していましたが、方言が強い祖母の言葉がわからなくて、幼い頃は外国人なのかと思っていました。(笑)

私は小さい頃から好奇心旺盛で、勉強も遊びも何でも1番になりたくて、1番になる為にやるべきことをして、必ず成し遂げるようなストイックな子どもでした。しかし、千葉県から兵庫県に引っ越しをして、関西弁という壁にぶつかり、初めはクラスメイトと上手くコミュニケーションを取ることができなかったんです。

学校を休みがちになった時期もあり、何でも1番になることが難しくなりました。生まれて初めての挫折でした。両親とぶつかったりする事が多くなり、自分には味方が居ないのではないかと思い込んでいた時期がありました。

そんな時、佐賀に住んでいる祖母が電話で、「私はかなちゃんのことを好きだよ」と言ってくれたんです。そのたった一言が、それまでこの世の終わりみたいに落ち込んでいた私の心を、嘘みたいに軽くしてくれました。それ以来、私は祖母が大好きになり、いつか必ず祖母には恩返しをしようと思うようになりました。

中学生になると、1番になることよりも、自分のやりたいことや自分らしさについて考えるようになりました。漠然とですが、突き抜けて自分らしくいることがかっこいいと思っていたので、どうしたら自分も突き抜けられるのかを考えたんです。そこで、ドラム、洋服作り、詩、小説、料理、カメラなど、関心を持ったものは中学・高校で色々と挑戦してみたのですが、その中でも特別に好きなものは見つからず、将来は大学に通いながらやりたいことを見つけていけたらいいなと思っていました。

そんなことを考えて過ごしていた17歳の時、いつも髪を切ってもらっていた美容室で、頼まれてカットモデルをすることになりました。そして、最初に撮影した写真がいきなり雑誌に載ったんです。「まさか!?」という感覚でした。

撮影用のメイクをして、髪をセットしてきれいな顔で写真を撮るのは生まれて初めてで、みんな私の写真を良いと言ってくれたのですが、自分ではどこが良いのかわかりませんでした。逆に、「こんな写真が雑誌に載ってしまったのか、汚名返上したい!」と思ったんです。

しばらくして、今度は、ウエディングの撮影に呼んでもらったり、日本画のモデルをさせてもらったり、ウォーキングのレッスンに誘われたり、たまたま次から次にモデルの仕事をもらうことが続いていきました。正直、写真を撮られるのは苦手でしたが、求められるということは向いているのかなと考えるようになりました。

そして、高校卒業後は、知人に紹介して頂いた、モデル事務所に所属することに決めました。