ファッションに関わる仕事をする3人の男の人生

アパレル業界への挑戦を決めた3人の男たちの人生をご紹介します。







「何も選択をしない」

ということを能動的に選択し、どこにも就職せずに大学を卒業しました。

それからも、自分の未来について色々と考えていたのですが、
ある時、とある大手アパレル企業のCMに出演するロックミュージシャンを見て、

「この会社、もしかしたらかっこいいんじゃないか?」

と思い、インスピレーションだけで行動し、その会社に応募しました。

特にファッションや洋服に詳しいわけでもなかったのですが、
面接で社員の方とお話させていただき、運よく採用してもらえることになったんです。

更に自分が住んでいる東京の下町では、工場が潰れて技術力のある職人が仕事を失い、
そこがマンションや公園に変わっていき、
風景も、モノづくりに関わる人たちの生活も、変化していってしまいました。

「もう一度モノづくりの本質を取り戻したい」と強く思いましたね。

また、仕事で色々なファッションブランドに触れ、素晴らしいクロージング(洋服)は沢山ありましたが、
アクセサリーだけは「これだ!」と思うものに出会えませんでした。 

そんな思いが重なったこともあり、会社で10年ほど働いたタイミングで、
自身のアクセサリーブランド、「knife *acoustic groove*」を立ち上げることにしました。



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20歳の時に単身パリコレの会場に向かい、インビテーションがないので裏口から覗くということを、
2週間ずっと続けたこともありました。
最終的には警備員に怒られ、追い出されましたが。(笑)

そんな生活をしていたこともあり、自然とクリエイターに尊敬の念を抱くようになりました。
むしろ、何か世の中の人を動かすものを自分で創りださないと、
彼らのようなエキサイティングな生活はできないのではないか?とすら思うようになったんですよね。

大学三年になり、周囲が急に就職活動を始めてからも、僕はサイトの登録すらしませんでした。

音楽やファッション、映画など、自分の興味があることに関わり、何かを創りだす人間になりたいという気持ちは決まっており、
上京して「本物」の元で学ぼうと思っていたんですよね。

当時読んでいた雑誌の注釈を追って、ファッション業界で有名なクリエイティブディレクターのもとに、
弟子入りさせてもらったんです。

いわゆる「師事」のため、無給で雑用や鞄持ちをしていました。
早朝からカフェで働き、師事先の仕事が終わったら夜もバイト、休日は日雇い派遣という日々でした。
地方の大学で過ごしていたこともあり、なにもかも新鮮で学ぶことはとても多かったです。

昔からファッションは好きだったものの、身長が185cmということもあり、
既製品ではサイズが合わないことがほとんどでした。
自分自身、半ば諦めていたのですが、あるとき同じような体型の知り合いが、
すごくカッコいいシャツを着ていたんです。

話を聞いてみると、オーダーメイドで作ったものでした。
それまで、オーダーメイドは考えたことがなかったけれど、自分でもオーダーしてみると意外と手が届きやすい価格だと知り、
何より、自分と同じ悩みを抱えている人がたくさんいるんじゃないかと思ったんですよ。 
今度こそ、自分がやりたいことを掴んだ気がしました。
プロダクトを通じて、ただのファッションじゃなく、ライフスタイルの提案を出来ると思ったんです。



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そこでは、カーレースの社会的認知度の違いもそうですが、
それ以上に日本との価値観の違いを感じましたね。

日本だと自分を主張することが苦手な人が多く、
どうしても尖ってしまって相手との関係性をこじらせてしまう人が多いなと感じていたのですが、
ヨーロッパの人は自分の主張を相手から心地よく引き出すのが旨いというか、
自然体で自分のやりたいことをバランスよく実現しているんです。

やりたいことを実現するためにちゃんと考え続けて行ける環境が当たり前にあるんだなと感じました。
この辺りの考え方の違いが、
「日本人はスタンダードになれない」と言われる所以になっているんじゃないかと思うようになりました。

ファッションブランドを立ち上げようと思ったきっかけは、
純粋に自分が着たいと思うような服が売ってなかったからです。

普段着であれば安価な服でも問題ないですが、
人前に出る時にしっかり見える格好をしたい時ってあるじゃないですか。
そういう時、メンズだと価格がすごく高くて、シャツですら数万円とかになってしまうんですよね。

もちろん価格帯的に中間な服もありますが、
同じようなシルエットやデザインで安い服の価格を上げただけという服が多く、
選ぶ幅があまりありませんでした。

だから、自分が着たいと思えるようなデザインで、
日常でも着られるような手の届く価格の服をつくろうと思ったんです。

実際にやろうと決めて、色々な人と話したり工場を見ていくうちに、
想像よりも良い物ができるということが分かって来たのでワクワクしながら進めました。
あとは品質が高いのは大前提として、
その服が持つストーリーをブランドとしてしっかりと育てていきたいですね。
日本のブランドはそういった所があまり重視されていなくて、
スポーツと同じようにスタンダードになりづらい傾向があるので、
まずは海外のスタンダードでも戦えるようにし、
さらに一歩進んだ日本独自の新しい形を作り出していきたいです。



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2014.10.23