通信制高校の強みをいかした地域・社会との連携。N高モデルから考える新しい教育の形。

N高等学校(通称N高)は、学校法人角川ドワンゴ学園が2016年に設立した通信制高校。インターネットと通信制高校の仕組みを活用して、今の時代に適した「未来の学校づくり」を行っている。

BASE Qに集まる有志の勉強会「HJK36」では、N高校が力を入れている地域での課外授業や、実社会との取り組みに注目。通信制高校×地方の可能性を探る。

通信高校の制度を活用した「未来の学校」


N高は、ネットと通信制高校の制度を活用した「未来の高校」をコンセプトにして作られた学校である。生徒はPCやスマホを使って自分のペースで勉強を進めながら、高校卒業資格を取得できる。「通信制高校を作ろう」という発想ではなくて、すでに存在する通信制高校の制度を活用するという考えでスタートした学校だ。

N高の特徴について、N高副校長の上木原孝伸氏(以下「上木原氏」という)に聞いた。

「N高の特徴は、大きく3つあります。1つ目は『ネットでの双方向性学習』です。ほとんどの授業が動画で配信されるため、生徒はPCやスマートフォンを使って好きな場所で授業を受けられます。また、双方向性を担保するために生放送で授業を配信しており、生徒は随時コメントを書き込むことで、先生に質問したり、生徒同士で会話したりできます。


N高等学校副校長 上木原孝伸氏



2つ目は『ネットでのコミュニティ形成』です。通信制高校に来る生徒の中には、既存の学校に馴染めなかったり、いじめを受けていた子もいます。そんな生徒は高校生活をやり直したいと思って入学してくれている。N高を立ち上げる時に、ネット高校を実現させるのであれば、友達作り・コミュニティ作りは絶対に避けられない。それができないのであれば、ネットの高校なんて標榜できないと考えていました。

実際のコミュニケーションには、メッセージアプリのSlackを利用しています。クラスチャンネルでは毎日ホームルームも行い、先生は、各生徒のSlackのアクティブ率を見ながら、クラスの活性化を図っています。また、生徒が自由にチャンネルを作れるので、趣味思考の合う仲間同士でコミュニティも生まれていて、部活も盛んです。例えば、美術部チャンネルには生徒が150人以上います。おそらく150人の美術部員がいる高校って他にはないと思います。全日制の高校だとマイノリティになってしまう部活が、N高だったらマジョリティになれる安心感みたいなものはあると思います。

3つ目は『リアルな取り組み』です。リアルで出会う場の目玉は、『ニコニコ超会議』で、一角がN高文化祭のブースになっているのです。年々文化祭に出店するブースの数は増えています。高校生らしく、みんなで思い出の写真を撮ったり、普段はネット上でやりとししていた友達と『やっと会えた』みたいな感じで抱き合ったり、オフ会みたいな雰囲気もあります。」


文化祭の様子



2018年8月生徒数は6800名ほど。どんな生徒が集まっているのか。

「いろんなタイプの生徒がいますが、一つは、突き抜け型の子ども。例えば、中学時代に会社を作りましたとか、セキュリティエンジニアとして活躍しているとか、通常の学校では扱いきれない突き抜けた子です。ただ、そういう子は全体の1%もいないくらいです。むしろ多いのは『N高だったら自分のやりたいことを見つけられそう』とワクワク感・期待感を持って来た子たちですね。そういう子が8割弱くらいですね。」

ネット高校の強みをいかした地域との連携プロジェクト


ネットで授業を受けられるということは、生徒は好きな場所で授業を受けられるということ。その強みをいかして、N高では地域と連携した多彩な課外授業にも力を入れている。

-僻地教育の充実

例えば、僻地教育の充実。沖縄の離島など、高校がなく中学卒業と同時に生まれ育った場所を出て行かざるを得ない子どもに向け、島にいながら高校で学べる仕組みを作っている。また、東京や大阪の学生と連携して地域課題を解決するプログラムも展開する。この取組について、N高で教育プログラム開発などを担当する園利一郎氏(以下「園氏」という)は次のように話す。

「私たちとしては『ネット教育を選択せざるを得ない地域』と一緒にやったほうが、新しい可能性を切り拓けるのではないかと考えています。例えば、沖縄の離島と一緒に行っているプログラムでは、知識だけではなく、将来仕事でいきる力も身につけられます。例えば、幼い頃から島外の専門家と連携してプロジェクトを進めることで、ネット上でのプロジェクトマネジメントスキルを育めると考えています。」


五島列島で実施したチームビルディングキャンプの様子



-地域産業を知る教育プログラム

他にも、山口県長門市では地域人材を育成するプロジェクトを展開している。長門市と共同で、小中高生向けの教育拠点を運営。学校ではあまり教えられない地域課題や地域産業を題材にしたプロジェクト学習を提供している。

「日本の4分の1の自治体には高校が存在しないため、子どもたちは中学を卒業すると必然的に地域の外に出ていきますが、そのまま戻ってこないことも多く、地域産業の担い手がいないことが問題になっています。話を聞いて驚いたのですが、自分の出身地域の産業をよく知らない人って、かなりたくさんいるんですよね。地元の産業を知らないがゆえ、本来地元の企業に就職しても良い人材が、都市部から帰ってこない。そこで、小中高段階で地域の産業に触れたり参加したりする教育プロセスを作り、地元産業を知ってもらう。また、高校のない地域でも、通信制の制度を使えばスモールスクール・コミュニティスクールのような形で高校に行く選択肢を残せる。そう考えてスタートしたのが、長門市とN高の取り組みです。」


N高等学校 園利一郎氏



-修学旅行×移住

さらに、長崎県の五島列島では、新たな修学旅行プログラムも検討している。

「通信制高校には基本的には修学旅行がありません。一方で、通信制高校の生徒は比較的自由な時間が多いので、数カ月どこかの地域で暮らしながらネットで授業を受けることもできます。例えば、2ヶ月間など期間を決めて、その地域で暮らしながら、地元企業でインターンしたり地域の学校へ短期留学するような、新しいかたちの修学旅行にできればと考えています。6800人いる生徒の中で、数人はその地域に興味を持ち、将来移住するような人も生まれるのではないかなと。」



五島列島で実施したチームビルディングキャンプの様子



この他にも、地域のスポーツチームとの連携など、水面下でいくつかのプロジェクトが走っているという。

「地方との取り組みで共通しているのは、ただ勉強をすることをゴールとしていないところです。目指しているのは社会人になってからも役に立つような、人とのコミュニケーションのスキルを身につけること。ネット上でも、リアルでも、専門家たちの力を借りつつ地域のニーズに応え、大人と折衝しながら物事を進めていけるような能力を伸ばしていこうとしています。」

地方での取り組みは行政連携が鍵


教育行政の大原則は学校教育法上の『設置者管理主義』に基づいているため、例えば、小中学校であれば、設置者の多くが市町村で、高校の場合は多くは県になり、その行政の首長と教育長がイニシアチブを発揮して決めるのが原則。そういった観点も踏まえると、N高の取り組みなども含めて、地方こそ特色を持った教育を実現できる。

一方で、通信制高校が地域を巻き込んだプロジェクトを行う上での肝は「県と市町村が連携することだ」と勉強会に参加する霞が関の官僚は話す。高校は数的には県立が多いが、大抵のまちづくり事業は市町村単位で行っている。つまり、高校を管轄する県だけでなく、その高校が位置する市町村も巻き込む必要があるということだ。


一般社団法人エリアイノベーションアライアンス代表理事 木下斉氏



地域連携の重要性については、一般社団法人エリアイノベーションアライアンス代表理事や内閣府地域活性化伝道師を務めるまちづくり専門家の木下斉氏(以下「木下氏」という)も以下のように指摘する。

「特色を持った教育には、単にどこの地域でも普遍的に同じことがあるのではなく、出口としてそれぞれの地域ならではの産業やスポーツと繋がっている必然性も必要になります。

例えば、特徴的な林業をしている地域で林業教育をする、面白い農業をしている地域で農業教育をする、といった具合です。特殊なスポーツに特化した地域であれば、よりクラブチームがこれから伸びていくから地域クラブチームを軸にした新しい部活のあり方も模索できるでしょう。授業内容が効果的に提供されて、生徒が自ら考え、選択できる時間が持てる通信制高校と地域で新たなプロジェクトを進めるには、産学官が足並みをそろえる必要があります。」

「N高と一緒にプログラムを作ること」で地域の魅力を再発見する機会に


また、木下氏は、各地域と共同でプログラムを作ることが、地域の魅力を再発見する機会につながると期待する。

「かつて幕藩体制下とかでは、地域それぞれの藩校があり、独自の人材教育をしていました。明治維新以降でも私学などは各地で特色ある教育をやって、それが日本における分散的な地域発展に寄与した時代もありました。

しかしながら現在は、かなり画一的な成績評価で、産業やスポーツなど含めた多様な生き方に即していない側面もあります。それを通信制高校と地域が連携して変えることができれば、受ける生徒さんたちだけでなく、地域の人たちも自分たちの地域の可能性に気づけるのではないかと思います。

例えば先ほどの修学旅行の話でも、N高生からすればどこに滞在してもいいので、その場所に滞在したくなる魅力が重要です。地域の人は自らの価値を問い直さないと、若い子たちが積極的に来てくれる場所にできない。特に高校は都道府県単位で設置されてきたものが、市町村単位でも新たな特色ある人材開発を行えるようになるわけで、その意味は大きい。私が関わる地域ともぜひ一緒に新たな教育プログラムを実施したいです。早速、第一弾は岩手から動き出したいと思っています。」

これまでは、まちづくりプログラムの一貫として、高校生が市長や町長にプレゼンテーションするような取り組みがあったが、今後は、地域の人たちが高校生に魅力を提案する流れが生まれるのかもしれない。「高校生に選ばれるものを知る」というマーケティング観点には、世界ゆるスポーツ協会代表の澤田智洋氏(以下「澤田氏」という)も同意する。

「高校生に聞くのは良いですね。大人の都合でプログラムを作ったらニーズがなかったみたいなことってよくある話なので。多様な高校生がいるということは、20年後の日本のメジャーなマーケットにになる可能性が高い。約1万人のN高生に聞けるというのは、マーケットセンスを磨く一つの場になると思います。」


世界ゆるスポーツ協会代表 澤田智洋氏



多様なマイノリティの「当事者」が集まるコミュニティだからこそ、各分野の研究が進む可能性がある


N高は、自分のやりたいことが明確な「尖った生徒」が多い印象があるかもしれないが、実際はそういう生徒ばかりではない。例えば、小中学校の勉強についていけなかった生徒や、学習障害を持つ生徒もいる。その特徴をいかすことで、障害者向けの教育で注目を集めている「当事者研究」が進む可能性もあるのではないかと、澤田氏は期待を寄せる。

「当事者研究とは、東大の熊谷 晋一郎先生たちが進めている、病気や障害を持った当事者が、自分の病気や障害について研究することです。自分のことだから能動的になれますし、研究が進むごとに自分の悩みが客観視できるようになる。その上、同じ病気や障害を持ってる人にも良い影響があるのです。

N高には、現状の教育システムに対して合わなかったことに対するジレンマを持っている人も多いと思います。そこで、それぞれが教育軸での当事者研究をすると、日本の教育全体を変えるための、包摂的な新しいシステムのヒントを得られるのではないかと思います。」

実際、N高では生徒が主体的になって当事者研究が進んでいるという。ADHDの生徒がADHD向けのツールを開発したり、LGBTの生徒がLGBT向けのサービス企画をしているとのことだ。全日制の高校では数%に満たない様々なマイノリティが集まる6800人のコミュニティに、大きな可能性がある。


生徒の自由な時間が多いからこそ、地域や実社会とのコラボレーションが生まれやすい。その特徴をいかして、今後HJK36では、N高と共同で以下のプロジェクトを検討する。

・地方のスポーツスクールとの連携
・大学と連携したプログラミング授業の開発
・公務員のキャリア論の授業化
・障害者手帳を持つ“先生”が集まる「TECHO SCHOOL」との連携

インターネットと通信制高校の仕組みを活用したN高と共に、これからの時代に求められる学校と地域・社会が連携した新たな教育の形を模索する。

2018.09.03

イノベーション社会実装CH

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