お客さんに喜んでもらえるような仕事を。
ナンバーワンホストで学んだ営業力。

ナンバーワンホストから、起業を経て、フリーランスの営業マンとして活動をされている山本さん。「親にスーパーカーを買ってあげたい」「人のためになることでお金を稼ぐ」そんな決意を抱くまでには、どんな背景があったのでしょうか?お話を伺いました。

山本 寛将

やまもと ひろまさ|フリーランスの営業マン
賃貸業務の他に解体、塗装、建築、リフォームも手がける、ナビエス渋谷店での活動をメインに、 フリーランスの営業マンとして活動。 ナビエス 渋谷店

親への想いが180度転換したんです


私は、三人兄弟の末っ子として生まれました。
4つ上の姉と、1つ上の兄、それに私です。

実家は特別貧乏なわけではありませんでしたが、
兄弟全員が大学に通っていたため、多額の学費で家計は圧迫されていました。

姉は大学4年間と大学院4年間の計8年間大学に通っており、兄は中学から私立に通い、二浪して大学に入学。
私は浪人もしていないし高校も公立だったので、母親からは、「一番安上がりで助かる(笑)」と言われていたものの、
大学には通っていたため、それなりの学費を払ってもらっていました。

そんなある日の夜中、リビングから親の話し声が聞こえてきたんです。

「仕事がしんどい」「辞めたい」「辛くて狂いそう」

父の声でした。
その時の父の姿に衝撃を受けましたね。
今まで父はそのような素振りを見せたことはなかったんですから。

たしかに父は物心ついた頃からずっと、6時前には家を出て、帰宅は夜の12時を過ぎていました。
週に2日は徹夜で帰宅せず、土曜出勤も当たり前。それを30年間も続けていました。

後日、母親にそのことを聞いてみると、
「実は毎晩ああなるのよ。子供達には知られないようにしてたんだけどね」とのことでした。

当時の私は、女とバイクと車の3つだけにお金と時間を使っていました。
そんな息子に対して両親は、笑顔で学校に送り出してくれ、自分の死ぬような思いを微塵も見せずに接してくれていたんです。

その時から、何としてでも父と母が「人生を楽しめた!」と言ってもらえうように努力しようと心に誓いました。

それまでは、両親のことは何とも思っておらず、馬鹿にすることさえもありました。
ですがその日を境に、親への想いが180度転換したんです。
大学3年生の冬でした。

営業を学ぶにはホストが一番


父の趣味はスーパーカーでした。
しかし家庭にはスーパーカーを買うお金なんてあるはずもなく、いわゆる燃費の良い車、小回りの効く車に乗っていました。
その代わりとして、父はお金のかからない園芸を趣味にしていたんです。

何としてでも自分でお金を稼いで、親にプレゼントをしたい。そう思いました。
父の欲しがっているスーパーカーは800万程する代物だったので、
普通のサラリーマンで稼げるお金ではないとも思いました。

その時既に、独立することを考えていました。
社長になって早くお金を稼げれば、それだけ早く親にプレゼントすることができると考えたからです。

そして、独立するためには営業力が必要だと考えていたので、
営業力をつけるため、大学4年生の時にITベンチャーで営業のインターンを始めました。
週2のインターンでしたが、週5でフルタイムの社員より売上で勝ることもありましたね。

そのインターン経由で知り合った人に、
「それだけ売上あげられるなら、ホストやったほうがいいなじゃない?(笑)」と言われたんです。
営業を学ぶにはホストが一番いい、ということを日頃から聞いていたこともあり、
ホストの世界に飛び込んでみることに決めました。

人のためになることでお金を稼ごう


大学を卒業した翌日、六本木のホストクラブを一軒一軒まわり、雇ってくれるところを探しました。

「絶対にホストを極める」

そう覚悟を決めていたため、運良く雇ってもらったホストクラブでは、死に物狂いで働きました。

営業時間内外含めて、1日に4人の女性と会うことを毎日続けました。1年間のうち女性と会わなかった日は2日だけです。
アフターの予定がない日は、明け方までナンパをし、新しいお客さんづくりをしましたね。

「一番になるには、今一番の人よりも頑張る」という気持ちを常に持っていましたので、人の3,4倍は働いていたと思います。

その甲斐あって、歴代最短でそのホストクラブのナンバーワンになることができたんです。

ですがどうしても、お客さんを騙すような一面もあるホストの仕事が好きになれず、
もともと期限付きでやるつもりだったこともあり、1年でホストを引退しました。

その後、ホスト時代に得たお金を元手に流通業の会社を興したのですが、4ヶ月で倒産してしまいました。
半分くらいは自らが苦労して稼いだお金ではなかったため、ありがたみがなかったんでしょうね。
湯水のようにお金を使ってしまい、4ヶ月で資金が尽きました。

結局、自分で汗水流して稼いだお金じゃないと無駄に使ってしまうし、
そうすると自分自身が幸せになれないんだと痛感しましたね。

この時から、

「人のためになることでお金を稼ごう」

そう思うようになりました。

仲間の成功を自慢したい


それからは、地道に働きましたね。
朝4時から夜6時までは配達の仕事を行い、その後の空いた時間でフリーランスとしての営業を行いました。

ホスト時代は、とにかく売り込むことを目標において活動していました。いわゆる「攻め」ですね。
しかし、お金をうまく運用するといったような「守り」の面は伸ばすことができませんでした。
だから、この時期は稼いだお金を上手にやりくりし、弱点だと感じていたその守りの面を伸ばすことに徹していたんです。

そういったコツコツと地道なことを続けることで、最近は少し運気も向いてきたかなと感じます。
そう感じる出来事の1つが、ナビエスという不動産会社の社長である高橋さんとの出会いです。

高橋さんとは、ホスト時代に知り合いに招待された投資家パーティーで知り合った方のご縁で、半年ほど前に知り合いました。

不動産業界には、売上のためにはお客さんの不利益になることでも平気でするような会社が多いんです。
ですが、ナビエスは「お客さんに知られてほしくない情報も公開する」という方針で営業しており、
お客さんのことを真摯に考えているその姿勢に、非常に感銘を受けました。
そして、これは必ず広まっていくと確信したんです。

だから、今私のメインでの活動も、ナビエスでお手伝いさせてもらっています。

これからはそういった、お客さんに喜んでもらえるような仕事をやっていきたいですね。
もちろん引き続き、親への感謝として何かプレゼントするということはやっていきます。

ただそれと同時に、一緒にビジネスをやる仲間を幸せにしたい、というのが最近芽生えた想いです。
自分の自慢ではなく、仲間の成功を自慢できるような人間を目指したいですね。

2014.06.15

山本 寛将

やまもと ひろまさ|フリーランスの営業マン
賃貸業務の他に解体、塗装、建築、リフォームも手がける、ナビエス渋谷店での活動をメインに、 フリーランスの営業マンとして活動。 ナビエス 渋谷店

記事一覧を見る