「いつか見てろ」から「誰かのために」へ。
苦しみを知る自分だからこそ、できる支援を。

中小・ベンチャー企業のWebマーケティング支援を行う荻原さん。潜在能力を秘めた企業の機会損失をなくしたいという想いの下、事業を展開しています。経営者だった父への憧れと、事業失敗で味わった葛藤。「見返したい」という野心が、「人の役に立ちたい」という想いに変わった背景とは。お話を伺いました。

荻原 猛

おぎわら たけし|ソウルドアウト株式会社 代表取締役社長
ソウルドアウト株式会社 代表取締役社長

【2017年11月21日イベント登壇!】
【11/21】another life. 〜ソウルドアウト株式会社 代表取締役社長 荻原 猛さんをゲストに、トークセッション・ワークショップを開催〜

10歳で生まれた小さな野心


栃木県宇都宮市で育ちました。妹が一人いて、僕は長男として「強い男になれ」と言われて大きくなりました。親の方針で柔道や野球を習い、「男らしく、強くないと生きていけないよ」と言い聞かせられていました。

経営者だった父の影響もあってか、小さい頃から自然とリーダーになることが多かったです。小学校1年生からずっと学級委員で、友達と遊ぶときはいつも僕の家に集まる。輪の中心には自分がいたと思います。

社長として働く父の姿はすごくかっこよかったですね。母と一緒に仕事場に遊びに行くと、父がすごく喜ぶんです。僕たちのために仕事を抜けて喫茶店に連れていってくれて、嬉しそうに仕事の話をしてました。尊敬していたし、憧れていました。忙しくてほとんど家におらず、一緒に過ごす時間はほとんどありませんでしたが、それでも父が好きでした。

ところが、僕が10歳の時に父の会社が倒産して、借金を背負うことになりました。引っ越したものの、そこにも借金の取り立てが来るようになりました。そして、両親が離婚。家族じゃなくなれば、僕らのところに取り立てが来ないからです。そうして私たちは母と一緒に暮らし、父は僕たちに迷惑をかけないために離れて暮らすことになりました。

家族が好きだったので、離れて暮らすのが悲しかったですね。父のせいでこんな状況にあると頭で分かっても、今まで好きだった人を急に嫌いにはなれませんでした。

会社が好調なときは仲が良かったのに、倒産した途端に手のひらを返してガヤガヤ言い出すような人もいました。そういう人たちを見て、環境の変化を体験し、そこから小さな野心が自分の中で生まれました。いつか自分も社長になって、親父を悪く言っていた人たちを見返したい。そして俺が仇を取ってやるって気持ちですね。そんな想いを周りに言うことはありません。でも、自分にとってはすごく大切なもので、心の中でゆっくりと育っていきました。

徐々に大人へ。そして初めての起業


中学からは、目立つのを避けるようになりました。「いつかこんなことやりたい」っていう想いも、自分の個性も、何もかも閉じ込めていましたね。多感な時期だし、自分を表現することも難しくて。だから一人で自分と向き合って、気持ちを整理していました。

そして徐々に、父を責める気持ちも出来てきました。責任が自分にないと感じると、気分は楽になります。そうやって、自分なりに乗り越えようとしていたんだと思います。他責だから自分には被害者意識があるので、遊んでばかりで、勉強は全くしませんでした(笑)。

それでも、大学には進学しました。きっかけは、「大学くらい行けば」という父の言葉です。そのため浪人して、東京の私大に進学しました。東京に行くことしか頭になかった。この環境から抜けて自立する。そして東京で何かが変わり、新しく開けると信じていました。漠然と「起業したい」という気持ちもある。チャンスは東京にしかないと思っていました。

大学に入ってからは、バイト漬けの生活でした。中でも、一番力を入れたのが営業のバイト。売る技術を身に付けたら、社会に出た時に役立つと思ったんです。売る技術があれば、会社を大きくしていけるし、どんな商品も売れると思い、必死に働いていました。新聞の広告枠や通信契約など、様々な営業を経験し、社会人もいる中で1位の営業成績を取っていました。

そうすると生意気にも、営業を極めたくなり、就職活動では不動産業界を志望しました。不動産は単価が高くて売るのが難しいからこそ、挑戦したいと思ったんです。実は、大学卒業したらすぐに起業しようと考えたこともあったのですが、「1回大企業に入るとブランドがつく」と父に言われ、半信半疑で就活を始めました。不動産会社に就職すると決めたのであれば、宅建を取ろうと思い勉強を始め、在学中に宅建を取得しました。そのため、受けた会社のほとんど全てから内定を頂きました。

ところが、就職する直前に「大阪で起業するから一緒にやらないか」と、先輩に誘われたんです。

起業を夢見ていた青年の目の前に、そんな提案があったらやっぱり嬉しいですよね。「行きます!」って即答しちゃいました。内定もお断りして、大阪で起業することに決めました。

いつかでかくなろうぜ


大阪では、業務用の備品販売や店舗デザイン、企画を行う会社を立ち上げました。事業は最初から好調になる訳もなく、毎日毎日、改善の繰り返しでした。イベントショーの提案をしたり、新規の店舗へ営業に行ったり。誰の、どんな困りごとに、何が刺さって、売上に繋がるのか。スタートはそれを探る旅でした。探っても探っても、簡単に売上は伸びません。

それでも、楽しかったんですよね。自分の経営能力は全くないけど、希望と野心しかなくて。スキルはなくても、モチベーションは高かった。「いつかでかくなろうぜ」って言いながら酒を飲むんです。牛丼屋の安いビール。でも、こんなに楽しいことはない。なんでしょうね、あの高揚感。うまくいかないし、売り上げも上がってないんだけど、自分を信じてる。

当然ですが、楽しいだけでは企業は続きません。誰かの役に立たなければ、売上は伸びない。いつしか、仲間を責めるような精神状態になっていました。一緒にゼロから立ち上げて、「ずっと続けていこう」「どんどん大きくしよう」っていう同じ夢を見ている仲間なのに。それなのに、業績が悪くなると、「お前があの時契約取らなかったせいでこうなってるんじゃないか」って。

こんなこと言いたくないのに、なんで言わなきゃいけねぇんだろって思って、言いながら涙が出てくるんですよ。もう意味のわからない世界です。起業するってそういうことなんだと知りました。

創業メンバーの3人の中で、最初に抜けたのが僕でした。「会社を辞める」という一言を伝えるのにもすごく勇気が必要で。26歳で、人生終わったと思いましたね。自分はもう負け組だって。安いトラックに荷物と一緒に僕も乗せてもらって、大阪から東京に帰りました。安いトラックを頼むのも一緒に乗るのも悔しいけど、負けたから仕方ない。悔しくてたまらなかったですね。

今を逃したら、きっとできなくなる


東京に帰ってきてからは、抜け殻のような状態でした。何をするわけでもなく、ぶらぶら街に出かけたりして。漠然とした「このまま終わってたまるか」という想いを抱きながらも、何から手をつければいいかわからず、イライラしてやさぐれていました。

先の見えない日々を過ごしていたあるとき、テレビで衝撃的なニュースを目にしました。同じ年齢の経営者が史上最年少で上場するというニュースです。それが、サイバーエージェントの藤田さんでした。

「やられた」と思いました。サイバーエージェントは、インターネット広告を主軸の事業にしていました。僕も起業したときにネット通販を少しだけ手がけていたので、自分が失敗したネットを使って、同い年の人が上場しているという事実は、色んな意味でショックでしたね。

テレビの中の藤田さんを見た瞬間に、改めて野心に火がつきました。これからはネットの時代になるとも確信しました。前職のネット通販事業で感じた、会ったこともない人がインターネットで商品を直接買ってくれるという可能性の大きさを思い出したんです。

将来的な起業のリベンジを念頭に置いて、ネットでモノを売る技術を身につけるためにWebマーケティングの会社に入ろう、と決意しました。そのために、ネット関連のマーケティング会社の採用面接を片っ端から受けていきました。

いくつか内定を頂いた中から、オプトへの入社を決めました。決めた理由はただ一つで、鉢嶺社長が誠実で素敵な人だったから。起業に失敗してやさぐれる僕に「あなたのような方がうちに入っていただけるんですか」なんて言ってくれたんです。自分は世の中から必要とされてないと思っていたのに、社長に笑顔でそんなことを言われて、一発で撃ち抜かれましたね。この人のためにコミットしようと思いました。

入社してみると、オプトの持つ責任と自由の空気が性に合っていました。社員は皆勝手に会社に来て、勝手に営業して、勝手に帰る。そして毎月ガッツリ稼ぐ。営業のプロというか、自立した個性の強い方々が多数いました。

あるときから、上場に向けて会社を組織化し、ネット広告事業に注力することになりました。事業を選択して、資源を集中する。戦略に沿った人材を採用し、組織が作られていく。このとき会社が成長する過程を体験することができました。

そこで、チームを作る楽しさを知ってしまったんですよね。みんなで業績を上げる喜びとか、ハプニングをみんなでカバーする、そんな楽しさを骨の髄まで味わいました。それから、自分の頭の中の主語が段々変わってきたんです。「自分が起業して見返してやりたい」とか「自分が儲けたい」という感覚が薄まって、「仲間と」働く楽しみのほうが大きくなっていったんです。

オプトが上場し、私自身も執行役員にもなり、仕事は充実していました。入社したときは「ネット?怪しいな」と友人から言われていたのが、この頃になると「あのオプトの役員なの!?」と言われるまでに成長し、クライアントも超がつく大企業ばかりになっていました。仕事が充実するに従って、「いつか見てろよ」という気持ちがどんどん薄れていきました。満たされていたんだと思います。

35歳のとき、20代からずっと支えてきてくれた妻から「子どもができた」という言葉を聞き、ハッと我に返りました。「やっぱやんなきゃだめかも」って。これで子どもが生まれて、そのままオプトにいたら多分もうビビっちゃって起業できないかも、と思ったんです。

小さい頃から思っていたから、起業したいという気持ちは捨てたわけじゃないし、無くなった訳でもない。このままオプトにいてもいいなと思いつつ、このままじゃダメなんじゃないかという気持ちもある。まさに葛藤していました。ただ自分と対話して、気持ちを整理していくうちに、やっぱり起業の気持ちのほうが大きくなりました。

ただ、起業の目的は以前と変わりました。「リベンジ」のための起業ではなく、「誰かの困りごとを解決すること」が目的になったんです。人が欲しいものを提供することで会社は大きくなるということをオプトで学んだからです。

誰の困りごとを解決したいかを考えると、中小・ベンチャー企業の経営者の皆さんしか思い浮かびませんでした。自分自身が同じ境遇にいたから。大企業とのスケールの大きな仕事の楽しさも味わったけど、やっぱり一番楽しかったのは、皆さんと仕事をしていたときだったんです。

自分のスキルの中で一番役に立てると思えたのがWebマーケティング支援でした。そこて、中小・ベンチャー企業「専業」のマーケ支援会社を立ち上げようと決めたんです。

こうして36歳の時、オプトグループの子会社という形で、ソウルドアウト株式会社を立ち上げました。

誰かを幸せにしたいという志


現在はソウルドアウト株式会社で、中小・ベンチャー企業のWebマーケティング支援を行っています。オプトから独立するときに、全社員の前でプレゼンをして、ビジョンに共感する人を連れていっていいと社長が言ってくれたんです。本当に感謝しかありません。そして実際にプレゼンしました。

普通なら、新規事業の公募だと手を挙げてくれるのは数名程度と思います。ただ僕のときは50名近くの人が応募してくれました。「俺もジョインしたい!」って。ホント嬉しかったですよね。

手を挙げてくれた社員のうち、30人の仲間と一緒に会社を立ち上げました。僕を信じてくれたメンバーと仕事ができるって本当に幸せです。当時の僕は、強い責任感と高揚感で覆われていたはずです(笑)。

そして会社を立ち上げて8年間、無我夢中でやっていたら、起業したいと思う原点になった「見返してやりたい」という気持ちはなくなっていますね。仕事も忙しいし、家では子どもと妻との時間を過ごしたいし、そんなことを考える暇がありません。

でも、その忙しさの中でも常に挑戦は続けていましたね。挑戦の連続が心地いいんです。僕らは、誰もやったことのないビジネスを展開している自負がある。自分たちが先駆者である、と。だからロールモデルも存在しない。そう考えると、自社の資源を活用して、挑戦するしか道はありません。挑戦すると、失敗と成功どちらに転んでも前進できるじゃないですか。前進することが一番大切だから、成功か失敗はそんなに重要ではなくて。前進こそ正義だと思ってるんです。とにかく顧客を起点に、仮説を立てて挑戦する。失敗したらもう一度挑戦。その繰り返しこそ、成長する実感を味わえると思うんですよ。

今、僕の頭の中はもう完全に、クライアントの事業成長に感情移入してますね。クライアントの役に立ちたいっていうか。そのために僕は生きてるようなものです。

潜在能力が高いのに、それを発揮できてない企業が沢山あります。知名度は低いけど、良いサービスをもっている企業も沢山いる。ただ、皆さんは自分たちをアピールする能力、つまりマーケティング力が低い。加えてITを使いこなせていないし、ネットの取り組みも遅れている企業が多い。ただ上手にWebマーケティングを実行できれば、ネット事業の成功確率は上がります。だからこそ、僕たちはテクノロジーとマーケティングを提供して、中小・ベンチャー企業の潜在能力を引き出したいんです。

会社が成長するってことは、それだけ多くの人の役に立っているという証拠です。役に立っているからこそ対価を頂ける、という当たり前の経済原理。ただ、その視点が抜け落ちてはダメですね。お金を稼ぐためにやっているのでは、一定以上事業は成長しないと思っています。より多くの人の役に立つために、自社でどんな事業を展開しよう、という会話が展開されることが健全なわけで。

そういう意味で、多くの人の役に立ちたいので、僕はソウルドアウトという会社を大きくしていきたい。そして、志を共有できる、消費者を幸せにしたいという想いを持った中小・ベンチャー企業を支援していきたいと思っています。

成長に責任を持つ一方で、これからの時代に合わせていける会社にしていきたいとも考えています。個人的には、2020年以降の世界は極めて不透明で、何がどうなるのか、さっぱり見当もつかない。ただ一つ言えることは、幸せのあり方が今までみたいにお金で測れるものだけじゃなくなる気がしています。

うちの社員たちも新しい時代に上手にシフトできるように、社内制度も変えていきたいと思ってます。テクノロジーが進化し、社会の価値観が変化していく。より多様化していくと思います。新しい時代に沿って会社を成長させていくことが、僕のこれからの挑戦ですね。

2017.10.29

荻原 猛

おぎわら たけし|ソウルドアウト株式会社 代表取締役社長
ソウルドアウト株式会社 代表取締役社長

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